〜 聖五月 〜
葵様
あなたに初めて出会ったのは、桜が綺麗な時期だった。
両親と兄と一緒にこの家へきたとき私はまだ幼くて、あなたの第一印象はあまり覚えていない。
でも気がつくと、あなたはいつもそばにいた。
私はもう一人の兄ができたみたいでとても嬉しかった。
いつの間に「兄」以上の存在になったのかはよくわからないけど。
そしてあなたのピアノが大好きだった。
あなたのピアノはとてもやさしくて、力強くて、時には悲しげで、でもやっぱり幸せに溢れている音だったから。
あなたに憧れて、私が一生懸命ピアノに取り組んだなんて、知らないでしょう。
あなたが出していたあの音を出したくて、どれだけ私が練習したか知らないでしょう。
でもやっぱりあなたにはかなわなかった。
私にとって、あなたのピアノは世界一だもの。
あなたがピアノを弾かなくなった頃、あなたがほんの少し遠くへ行った頃、
あなたからもらったいくつかの楽譜は今でも大切にとってある。
その中の、チャイコフスキーの「四季」はどうしても弾けなかった。
あなたは五月が好きでよく弾いていたけれど、私は好きじゃなかった。
五月は悲しいことが多い月だったから。
あなたが少し遠くへ行ったのも五月、お兄ちゃんがいなくなったのも五月。
そしてあなたがすごく遠くへ行ったのも五月だったから。
私は五月が嫌い。私の大事な人を連れていくから。
五月なんて、なくなればいい。そう思っていた。
でも、今は嫌いじゃない。
あなたは私のところに帰ってきてくれた。ちゃんとこの場所へ戻ってきてくれた。
だから私も五月を弾いてみようと思う。ゆったりとしたあの曲を、自分の音で表現できるように。
穏やかに流れる日常が途中で少し慌しくなって、そして再び穏やかな日々が訪れる、
そんな、まるで私たちの過ごしてきた日々のようなあの曲を、今日から練習しようと思う。
明日から五月。
今までは嫌いだった、でも今は少し好きな五月がやってくる。
お兄ちゃんに報告しなきゃね。もちろん一緒に行ってくれるでしょう?
五月、私の名字が変わります―――――。

葵さまが、ついブログに書かれた「差し上げます」というニュアンスの言葉に素早く反応して戴いて来てしまった御品です(笑)
この御品だけ拝読しても、とても雰囲気のある素敵なお話に、ほ〜〜ぉっとなってしまうのですが、
葵さまがブログで連載していらっしゃる『そうちゃんのブログ』を心に置くと、味わいもまた格別です(*^-^*)
出会いやいくつかの別れを重ねながら、成長していったセイちゃん。
そして再会して幸せになるセイちゃん…。
ピアノの音を通して、そんなセイちゃんの物語が見えてきます。
葵さん、素敵なお話をどうもありがとうございました。m(__)m
また気が向かれたら、ブログでちょこっと囁いてください。
喜んで戴いて帰りますので…(笑)
これからもよろしく御願いしますねvv
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