「セイちゃん、今年は気張らんなんね」
「え?」
「ほら、もうすぐやろ?」
「う〜…」
「きっと、土方くんも期待してるって」
「そ、そうかなぁ…?」
「そうやって。さ、買出しに行くよ〜」
「「 お〜! 」」
「ほら、セイちゃんも!」
「お、お〜…」






    秘密の暗号 
                      千鶴様






「もうすぐ、バレンタインだよな〜」

 サークルの部室で発せられた左之助の一言で、その場にいた男子学生の視線はある人物に集まった。
「な、何だよ」
 集まった視線にたじろいで、椅子に座っていたにもかかわらず、少しだけ後ろに下がったのは。
 土方歳三、その人である。

「俺、もうあんなことしたくねぇ…」
「俺も…」
「何が悲しくて、あんなこと…」
「あんなの、初めてだぜ…」
 どんよりと俯いて口々に呟く男子部員たちを尻目に、左之助はにゃははと笑った。
 その様子を、後輩の部員たちは訳が分からないまま見ている。

「あれは災難だったよなー」
「ホントホント。確かさ、一人二つ、チョコでいっぱいになった紙袋を持ってきたんだよね〜」
 何人いたっけ? と左之助と平助が面白くて仕方がなかった、と言わんばかりに笑いながら話している。
 それを聞いて、ざわっとどよめく後輩たち。
「す、すげぇ…!」
「流石、土方先輩!」
「っつーか、女ってすげぇ…」

 バレンタインの時期は既に大学は休みに入っている。
 それでも歳三に渡したいという気持ちが強かったあまり、昨年のバレンタイン、女子学生たちは伝手を頼って歳三宛のチョコをサークルの男子部員たち数名に託し、
そして彼らがバレンタイン当日に両手にチョコがたくさん入った紙袋を下げて現れたというわけである。

「あのチョコ、結局どうしたっけ?」
「…お前らが全部食ったじゃねぇか」
「あ、そうだったそうだった」
 終始能天気な左之助に、歳三は少しだけげんなりした。
「美味しかったよね〜、あのチョコ」

 そんなことを話していると。

「おいーっす。遅くなっちまった、わりぃわりぃ」
「すまないね、僕も遅れてしまった」
「おっ、ぱっつぁんに山南さん」

 遅れて登場したのは、永倉新八と山南敬介。
 新八は平助、左之助、歳三と同じ学年で、山南は一つ上である。

「何の話してたんだ?」
 カバンを置きながら、新八は左之助に尋ねる。
「去年のバレンタインの話だよ。歳へのチョコの数、もんのすごかったって」
「あぁ、確かにすごかったな」
「ね! 今年もなのかな〜?」

 平助の一言に、苦悩する男子部員ときゃあきゃあと騒ぐ後輩たちと苦笑する山南。
 左之助と新八は完全に面白がって笑っている。
 当の歳三は、あのチョコの量を思い出し、「毎年毎年、ったく…」と誰にも聴こえないような声でぼやいていた。

「去年よりは、少ないんじゃないかな?」
「どうして? 山南さん」
 ポツリと言った山南に、平助が聞き返す。
「だって、ほら…」
 ニコリと歳三の方を見ると、わずかに顔を紅くして背ける歳三。
 それを見て、平助は合点がいったと言わんばかりに頷いた。
「あぁ! 神谷!」
「二人、結構一緒にいるもんな」
 左之助も続ける。
「な〜る」
 新八も納得顔で頷いている。

「そういえば、神谷は?」と尋ねる新八に。
「今日は、休みだ。用事があるんだとさ」と歳三は答える。
 それを聞いて、思い出したように。
「そういや、まさもだ」
「悠も〜」
「里乃もだね」
 左之助、平助、山南もそう言った。
「仲良いね、あの4人」
「そうだな。秋も4人で泊りがけで遊びに行ってたし」
「そん時だっけ? 歳と神谷…」
「うるせぇな」
 平助、左之助、新八にからかわれている歳三に、山南はくすっと笑った。

「さて、この話はこの辺にしておこうか。…」
 山南の一声でバレンタインの話題は終わり、サークルの活動内容についてへと変わっていった。






 その頃。

「なぁなぁ、これ可愛い」
「ホンマ。あっ、これは?」
「これもええね。セイちゃんはどう?」
「うん、可愛い」

 賑わうデパートの製菓売り場。
 件の4人がきゃあきゃあと色々物色していた。
 と言っても、はしゃいでいるのはセイ以外の3人なのだが。

「もう! セイちゃん、楽しない?」
「さっきから見てるばっかりやないの」
 まさと悠が口を尖らせて言った。
「う、ううん。そんなわけじゃないけど…」
 慌てて訂正するも、やはり進んで棚のものを見る気にはなれない。

「あげたくない?」
「え?」
「ちょっと拗ねたような顔、してる」
「〜〜〜っ」
 里乃に言い当てられて、そのまま困った表情に変わる。

「去年、すごかったもんねぇ」
 あの時、彼女たちも部室で、あのすさまじい量のチョコを見たのだった。
「そ、ういうわけじゃないけど」
「ホンマに?」
 そう言う里乃の顔は微笑んでいる。
 言われた当の本人はぷうっと軽く頬を膨らませた。

「今年、も、多いのかな…」
「土方くんへの、チョコ?」
 ポツリと呟かれた言葉に対する反応に、コクリと頷く。

 毎年、あれだけの量が来るのなら、そして、あれだけの量のチョコのうち、一つも手をつけないのなら。
「私も、あげない方がいいのかも…」
 きっと、その方がいい。
 そんな風に思ってしまう。
 土方自身も、「甘いものは苦手だ」と言っていたことがある。
「苦手なものを無理に食べてもらうなんてこと、したくないしなぁ…」
「…」
 そこがセイちゃんのいいところでもあるし、もったいないところでもあるなぁ、と思った里乃は、ニッコリと笑っただけで、それ以上何も言わなかった。


「そういえば、セイちゃん」
「何? まさちゃん」
「頼まれてへんやろな?」
「何を?」
 ずいっと顔を近づけてくるまさの言葉に、首を傾げるセイ。
「チョコ!」
「土方くんへのチョコ、頼まれてへんよね? ってこと」
 言葉を補って悠が言う。
「あ、あ〜…」
「もしかして!?」
 眼を泳がせるセイに、まさが詰め寄る。
「ち、違うよ。むしろ、その逆で…」
「「 逆!? 」」
 まさと悠が声を揃えて叫んだ。

 その声に、周りにいた他の女性客たちの視線が4人のところに集まる。
 それに気付いた4人(特にまさと悠)は人差し指を立てて声を小さくした。

「まだそんなん言うんがおるん? あほらし」
「でも、あの人たちの言うことも分かるの。確かに、私は土方くんとはつり合わないし…」
 どんどん声が小さくなっていくセイ。顔も俯いていく。
 このところ少し沈んでいたのも、バレンタインに向けてあまり乗り気じゃなかったのも、このことがあったためだろう。

「セイちゃん」
 ニッコリと笑う里乃。

「セイちゃんは、土方くんとつり合わな、一緒におられへんと思てる?」
「…う、ん」
「ほな、ウチ等と一緒におるんは何で?」
「え…?」
 里乃の言葉に、顔をあげる。
「ウチは、セイちゃんが好きやから、セイちゃんとおる。それは、まさちゃんも悠ちゃんも同じ。な?」
 まさと悠の方を見ると、二人もうんうんと頷いている。
「ほしたらセイちゃんは? 何でウチ等とおるん? ウチ等とセイちゃんがつり合うてるから?」
「…!」
 その言葉にはっとした。
「土方くんと一緒におるんも、同じ理由でええんちゃう?」
 セイの表情を見て、里乃は柔らかく笑って言った。

「そうや。言いたい奴等には言わせとけばええんやて!」
「"奴等"て、まさちゃん…」
 まさの言葉に里乃が苦笑した。

「あんな、ウチ、ええこと思い付いたんやけど…」
「何なに?」
 人差し指を立てた悠の周りに、3人は集まった。








 いよいよ明日がバレンタイン・ディ。
 数日前から、サークルのメンバーの視線が少し痛い歳三だった。
 今はそんな視線から逃れるように、大学会館内の食堂に来て自販機のコーヒーを飲んでいる。
 時折、周りを通る女子学生の視線がちら、ちら、と歳三に注がれるが、歳三は気にもしない。

 同輩からは、「もうあんなことさせんじゃねぇぞ〜」「いらねぇんだったら、今年も寄越せ〜」といった怨念のような視線が来るし、
後輩からは「土方先輩に届けられるチョコの量、見てみたいな〜」という期待のこもった視線が注がれている。

(いい加減にしてくれっつーの)

 歳三自身はもううんざりだと思っている。
 チョコなんて、欲しくもないと思っていた。
 毎年毎年、チョコ一つのためにあれだけのエネルギーを注げる女たちが信じられなかった。

 しかし。
(くれる、よな。付き合ってるしな)
 今年は例外として、セイからのチョコは少し期待していた。

(はっ。期待して貰えなかったら、俺、バカみてぇだな)
 その証拠に、セイの口から「バレンタイン」という単語は出てきていない。
(去年のアレ、確かセイも見てたし…。もしかしたら、くれねえかもしれねぇ…?)
 ぬおぉぉ…、と頭を抱えるようにして、苦悩しているとき。
「おい、歳」

 声がした方を見ると。
「百面相」
 ニヤニヤ笑う顔がそこにひとつ。

「し、新八」
「いや〜、珍しいもん見せてもらった」
「野郎の面見て、何が楽しいんだよ…」
 少し紅くなった顔を背けながら、そんなことを言う歳三。
「ま、それはおいといてだ」
「って、お前が言ったんじゃねぇか。新八」
「これ」
 言葉を遮るように、新八は一通の封筒をピッと歳三の目の前に出す。
「何だよ、これ」
「神谷から」
「セイから?」
 怪訝な顔を浮かべながらも、新八から封筒を受け取った。

「よし、俺の役目は終わりだな」
 歳三がしっかりと受け取ったことを見届けると、新八は踵を返し、その場を離れていこうとする。
「おい!」
 その背中に呼びかけると、新八は顔だけ振り返る。
「何なんだ? これ」
「さぁな。俺はお前に渡すように言われただけだから。中身見ればわかんじゃねーの?」
 そう言うと、新八は手をヒラヒラと振って歩いていってしまった。


「中身…か」
 そう呟くと、歳三は封筒を持ち直し、ひっくり返したりした。
 表には「土方くんへ」とセイの字で書かれているだけで、他には何もかかれていない。
 気になるとすれば、封筒の中に何か小さくて薄くて硬いものが入っているということだけ。
(とりあえず、開けてみるか)
 一箇所だけを糊付けしてあるだけなので、封筒は簡単に開いた。
 逆さまにしてみると、出てきたのは…。

    チャリ…

「…鍵?」
 一つの小さな鍵。
 見たことのある形をしているそれは。
「ロッカーの鍵か」

(どうしてこんなものが? それに、番号の札がねぇ。どこのだ?)
 そんなことを思ったが、封筒の中にはまだ入っているものがあった。
 それは、一枚の手紙。セイからのものだった。




 ― よく、読んでね。

   今日は気侭な満月
   夜空に狂気が踊るよ
   ウサギが時計を持って走り出す
   いよいよ宴会の始まり
   クラクション鳴らして迎えに来て
   額縁で囲われた世界にはいたくないから
   雲の向こうに広がる空
   無様に飛び立とう
   鳥たちが誘うままに
   唄を歌いながら
   3回転半ジャンプも今ならできそう
   格好悪くたって構わない
   イカレた夜の宴会
   意味のない言葉なんてここにはない
   つまらないことが面白いこと
   物足りないことが満ち足りていること
   能天気に楽しめばいい
   ボリュームを上げて
   積み木崩しが最高のお遊び
   くだらないことは言わない方がいい
   スナイパーが狙っているよ

   ここで待ってるから。   セイ ―




「な、んだ…? これ…」
 現れたのは、意味の分からない、詩とも言える様な文面。
 「よく読んでね」とあったとおり、何度も読み返すが、一向に意味が分からない。

 「ここで待ってる」ということは、この文章が場所を表しているということらしい。
 そして、同封されていたロッカーの鍵。
 これが意味していることは。
「この鍵が入るロッカーの場所ってことか」

 そこまで分かれば、こっちのもんだ。
 歳三は意気込んで解読に挑むが、やはり一筋縄ではいかない。
 5分、10分と、時間ばかりが経っていく。

「くそっ! とりあえず、図書館か!?」
 立ち上がり、食堂を後にした。


 文面が詩の様なものだったため、文学作品繋がりで図書館へ行ってはみたものの、図書館にはロッカーはなく、
そのすぐ近くの文学部棟にも行ってみるが、やはりそれらしきロッカーはない。
 続けて文学部と続いている法学部へも行ってみるが、鍵と合うロッカーは見つからなかった。

「どこなんだよ…ってか、ホントに場所が書いてあんのか?」
 ぼやいてから、脳裏を何かが掠めた。
「ん…?」
 思い出してくるのは、いつかの会話。


『こういうのって、おもしろいよね』
『ん?』
『ほら、"いろは"を使って「咎なくて死す」って書くみたいに、文章の頭の文字だけ読んでいくと、意味のある文になるっていうの』
『あぁ、そうだな』
『一見気付きにくいし、いい方法かも』
『何に使うつもりだ?』
『秘密っ』


 ミステリ好きのセイが、その時に読んでいた小説の中で、遺書の中に隠されたダイイングメッセージがそういうものを使って書かれていた、と言っていた覚えがある。
「そうか、これか!」
 思いついた歳三は、まず文章の頭の文字を取り上げていくことにした。

「き、よ、う、い、く、が、く、ぶ、と、う、さ、か、い、い、つ、も、の、ぼ、つ、く、す」

 次は、分かる範囲で漢字に直していく。
「最初はきっと、"教育学部"だろ。で、"とう"、"さかい"。何だ? その次は"いつもの"…"ボックス"か!」
 少しずつ解けてきたことで、視界が開けてきたような気がする。
「っつーことは、"とう"ってのは"棟"か。"教育学部棟"なんだな。しかし、"さかい"ってのは何だ? "いつものボックス"があるのは…」

 教育学部棟は5階建て。
 その各階にロッカーが置かれている。歳三やセイがいつも使っているのは…。

「3階だ。そうか、"さかい"ってのは"3階"ってことか! "3"だけはそのまま使うのか。よし、分かったぞ!」
 ようやく解読できた歳三は、足を教育学部の方へ向けた。


 セイからの手紙に隠されていた本当の文章。

『教育学部棟 3階 いつものボックス』

 セイはここで待っているということだろう。






「ここ…で、いいんだよな」
 教育学部棟3階へとたどり着いた歳三は、いつも使っているロッカーの前に来た。
 辺りを見回しても、セイの姿は見当たらない。
「…ここにいるんじゃなかったのか?」
 さっきまであった自信が、少しずつしぼんでいく。
(とりあえず、これでロッカー開けるか…)

 置かれているロッカーの中で、鍵がついていないのは一つだけ。

    カチャ…

 正解、と言わんばかりにロッカーが開く。その中に入っていたものとは…。

「…チョコ?」
 バレンタイン用に包装された紙袋がちょこなんと置かれていた。
 思いがけない中身に驚いていると、とすん、と後ろから暖かい感触。
 胴回りにまわされた腕と背の高さで、誰だかすぐに分かった。
「セイ?」
「よかった、来てくれて」
「分からなかったら、どうするつもりだったんだよ」
 くすっと笑いながら、セイの手を取る。
 そのまま腕を広げさせ、身体を回して向かい合うように立った。
「分かってくれたから、それでいいの」
 恥ずかしそうに顔を俯かせる。

「で、何でチョコ?」
 その俯いた顔を覗き込むようにして、尋ねた。
「あ、あの、ね」
「ん?」
「また、土方くん宛のチョコがたくさん来るんなら、あげないでおこうとも思ったんだけど…」
「ん」
「どうせなら、誰よりも早くあげようと思って…」
「そうか」

 こっちが恥ずかしいのを頑張って答えているのに、淡々と返事をする歳三に少しムカッとしたセイは、俯かせていた顔をぱっと上げた。
 すると、そうなると読んでいたかのようにニヤリと笑った顔があった。

「もうっ!」
「悪い悪い。すげぇ嬉しい。ありがとな、セイ」
 両手を挙げてポカポカと叩いてくるセイの拳を、掌で受けながら、歳三は笑って言った。




 二人で並んで学部棟を出る。
 歳三の右手には、ロッカーに入っていたセイからのチョコ。

「なぁ」
「何?」
「どうしてあんなことしたんだ?」
「手紙のこと?」
「あぁ」

 歩きながら、二人は話す。

「あれはね、悠ちゃんのアイデアなの」
「へぇ」
「ああやって分かりにくいヒントを出して、それでも頑張って解読してくれたら、歳がどれだけ私のこと好きか分かるよって…」
「試された、ってわけだ…って、今、なんつった?」
「ん?」
 とぼけた様に返してくるセイの顔はほんのり紅くなっていて。
「今…」
 もう一度、聞き返そうとしたとき。
 空いている左手にセイの右手が収まって。

 耳元でこっそり。


「           、――歳」



 その言葉で歳三が真っ赤になったのを見たのは、セイだけ。




















『月華堂』様のサイト壱周年御礼SSを頂戴して参りました。

前作「心の秋」の続編です。
暗号=謎解きの設定が千鶴さまらしいと思いました。
一生懸命暗号を解こうとする歳と、その歳の気持ちを確かめたかったセイちゃん。
ラストのセイちゃんの言葉は何だったのか…
想像出来ますよね(*^-^*)

千鶴さま、サイト壱周年おめでとうございます。
初々しい二人のお話、とっても良かったです。
これからもサイト共々、どうぞよろしくお願いいたします。m(__)m













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