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2月27日・・・。
仕事が終わり、1人、2人と帰宅していく人を見送りながら、
セイは休憩室の掃除をしていた。
その脇で、当の持ち主がいるにもかかわらず、
それが習慣になってしまったのか、鉢植に水をやっている男に声をかける。
「支配人。」
「ん?」
「支配人っていつ帰ってるんですか・・?」
「仕事が終わったら帰ってるが・・?なんかそんなに不思議か?」
「だって、私がたまに戻って来たりしてる時、いっつもいるじゃないですか。
まるで、ここに住んでいるみたい・・。」
「あぁ・・。」
あながちそれも間違いではないなとも思いつつ、土方はふっと笑う。
この娘なりに心配なのだろう。
何時に来ても自分が店にいるのだから・・。
「そうだ、支配人。」
「あ?」
「前に言ってた、『紅茶の淹れ方』、教えてください!」
期待に満ちたまなざしとはこういうことを言うのかもしれない。
などと思いながらセイの顔を見る。
向けられなれないそのまなざしに思わず顔が赤くなる気がする。
「べっっつに・・教えるほどのことじゃねぇよ。」
「あっ・・だってこないだ「今度な」っておっしゃってたじゃないですか!」
「言ったか?」
「言いました!」
「ったく、しょうがねぇな・・。わかったよ・・。」
強いセイの口調に、土方はため息をつくとセイの申し出を諾する。
「でも、今日は無理だ。」
「じゃ、いつ・・?」
「そうだな・・。明後日はどうだ・・?」
「はい!よろしくお願いします!」
嬉しそうなセイの笑みに、土方も思わず笑みを漏らす。
本当に見てて飽きない娘だと思う。
彼女のくるくる変わる表情を楽しむようになったのはいつ頃からだったろうか・・。
『こんこん』
そんな顔の弛みを引き締めるかのようにドアがノックされる。
「「はい」」
『がちゃっ・・。』
「歳、そろそろ行こう。」
「あぁ、近藤さん、今行く。」
「神谷君。いいかな?歳を連れてっても?」
「えっ・・あっ・・はい。もちろんです。・・これから何かあるんですか?」
「うん、ちょっとね。じゃ、君も気をつけて帰るんだよ?」
「はい。お疲れさまでした!」
土方は近藤について出て行き、セイは独りその場に残る。
今日はちゃんと鉢植にも水をあげた。
安心して帰ろう・・。
セイは伸びをすると、帰り支度をした・・。
「歳〜。」
部屋を出てから、意味ありげににこにこと笑う近藤。
土方はその笑顔に、居心地を悪くする。
「なんだよ・・。」
「いや、随分と仲良くなったもんだと思ってな。」
「なっ・・何がだ!」
「神谷君さ・・。彼女と随分打ち解けたな。」
「なっ・・そんなことねぇよっ・・。」
「何ムキになってんだ・・?」
「ムキになってなんか・・。ねぇよ・・。」
近藤にしてみれば、セイがアルバイトとして入ってきた当初、
似たもの同士ゆえの反発なのか、よく言い争っていた2人を見て、
心配していたが、最近仲良くなってよかった・・という程度の喜びなのだが
土方にはなぜかそう聞こえない。
自分だけがムキになって否定しているのに気づいていない。
近藤は首をかしげながらも、話題を切り替えた。
2月28日・・・。
ばしゃっ・・。水溜りをはね、車がアパートの脇の道を走っていく。
「本降りになってきましたねぇ・・。」
「ええ、うちに着いてからでよかったですね。」
仕事帰り、どこかで食事を・・と言う総司の言葉を遮るかのように
ぽつぽつと降り出した雨は、アパートに着く頃には大粒になっていた。
この季節の雨は、一雨ごとに空気を柔らかくしていく・・。
予期せず、雨に予定を変えられた総司はため息をつく。
セイに今日こそ確かめたいことがあったのに・・。
「じゃ、お疲れさまでした。先輩!」
自分の部屋へと入ろうとするセイを引き止め、総司が言う。
「あっ、ちょっと待って神谷さん。」
「なんですか?」
「明日はご飯行きましょうね?」
「・・ごめんなさい。明日はちょっと・・。」
申し訳なさそうに、でもはっきりとセイが断る。
それだけでも眉間に皺が寄りそうな総司に聞こえてきた言葉は、
これから起こす行動の起爆剤になってしまう・・。
「何か予定が・・?」
「ええ・・その・・・支配人と約束が・・。」
「・・・・。」
「沖田先輩・・?」
『ぐいっ・・』『ばふっ・・。』『ばたんっ・・。』
ドアにかけていた手を剥がすかのように引かれ、セイは体勢を崩す。
「やっ・・ちょっと何するんですか、急に・・沖田先輩?・・んっ・・・。」
セイの唇に何かが触れた、眼を開ければ、そこには総司の顔。
その光景に一度開かれた目はさらに大きく見開かれる。
しかも、気がつけば今いるのはアパートの廊下ではない。
事態が上手くのみ込め無い。自分は今、総司の部屋に引き込まれ、
しかも総司に抱きしめられているのらしい。
考えもしなかった展開に、心も体もついていけない。
それでも、それはセイの身に「ぞくり」という感覚を呼び起こさせた。
「ちょっ・・離してください!」
その力が緩む気配はなかった。
それでもなんとかもがくうちにやっと、総司の腕から逃れ、きっと総司を睨みつける。
力が上手く入らない、自分は今どんな表情なのか・・。
総司はこちらをただじっとみつめている。
表情がうまく読み取れない。
「沖田先輩・・どうして・・。」
わなわなと体を震わせ、目の前の男にされたことに驚く。
男の視線はいつものような穏やかさを持っていない。
「どうして・・って・・。あなたはほんとに・・野暮ですね。」
冷ややかな笑みを浮かべた男、こんな顔、見たことがない。
「なんでっ・・急にこんなことするんですかっ・・っく・・。」
わけもわからず、涙が溢れてくる。
いいようの無い気持ちがセイを襲う。
総司の行動一つ一つが不可解で、それを防ぎきれない自分が情けなくて怖くて・・・・。
「好きだからですよ、神谷さん。」
「え・・・。」
頭の中の、上手くまとまらない感情を必死で抑えようとしているセイが、その言葉に俯いていた顔をあげる。
「まったく、え?じゃありません。いつまでたってもあなたは・・。
でも、私ももう、限界みたいですよ・・。いつまでも待ってられない。」
ため息交じりに、そう言い放つ総司は一層険しい顔つきでセイの腕を捕らえる。
「ちょっ・・沖田先輩っ・・やっ・・。」
また捕まれた腕の感触に、自分では逃げ切れないという恐怖がまた蘇る。
「どうして?」
セイのそんな様子を見ても、総司の力が緩むことはない。
この男自身、もはや自分の行動を御しきれなくなっている。
「止めて下さいっ・・離してっ・・っ・・。」
「私に抱きしめれるのが嫌な理由を教えてもらえませんか?」
「そんなのっ・・無いですっ・・怖いだけっ・・。」
「怖い?」
「こんなのっ・・いつもの先輩じゃないっ・・。」
「これがいつもの私ですよ、言ったでしょう?もう待てないって。」
「やっ・・。」
「神谷さんが、私にこうされるのを嫌がる理由はね、他にあるはずですよ。違いますか?」
淡々と言葉を発する総司に、セイは驚きその内容にも動きを止める。
「他の・・理由・・?」
「ええ。あなた、好きな人がいるんじゃないですか・・?」
その言葉で、セイの中の、何かが弾けた。
「そんなっ・・・どうしてそんなこというんですかっ?!」
溢れるままに大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「神谷さん?」
「そうですよっ・・ずっと・・ずっと沖田先輩のことが好きでっ・・
だからここまでついてきたのにっ・・
なんで今さらそんなこと言うんですかっ?!」
「神谷さん・・。」
その剣幕に今までの勢いを失った総司の力が弛む。
セイの言葉は堰を切ったようにあふれ出る。
「・・っ・・今まで何の気もないふりばっかりしてて、
その度に私悲しくて、今更それが嘘だなんて言われても・・・っ・・
私どうしたらいいんですか・・・。お願いだからもう揺さぶらないでっ・・。」
『どんっ』
力いっぱい総司を突き飛ばし、腕から逃れるセイ。
とにかく、その場から離れたかった。
ドアを開け、セイは走り出した・・・。
『ばたんっ・・。』
「神谷さんっ!」
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