怖い・・なんでこんなことになったの?
どうしてあの人は、私を揺さぶるの?
どうして私はあの人の言葉にこんなに、うろたえてるの?

「あなた、好きな人がいるんじゃないんですか?」

そう、そうよ、好きな人がいたはず。
あなたです、沖田先輩・・あなたが、好きでした・・。

走りながら涙が堪えきれず溢れる。
ほおを濡らすのは雨粒だけではない。

好きだったはずの男に告白され、抱きしめられ、
なんでこんなに涙が出るのか・・急だったから?強引だったから?
それとも・・。

「好きだった・・?」

語尾が胸にひっかかる。
紡がれた言葉は過去形・・。言いようのない違和感がセイを包む。

「好きだった・・?今は・・・?」

自分の想いに驚き、足を止める。
見上げれば、いつも見慣れている屋根。
セイは店まで来てしまっていた・・。


「お店・・・。」

『がちゃっ・・。』

呆然と店を見上げるセイの前で店の扉が開く。

「・・・・神谷?」

「支配人・・・。」

雨の中を傘も差さずに走ってきたセイはずぶぬれである。
加えて今の精神状態では、そんなことに気も回らない。


「おまっ・・何やってんだこんなとこで!びしょ濡れじゃねぇか!!」

「はぃ・・。」

「はいじゃなくて・・何してんだって・・・。」

「っ・・く・・っ・・ぇ・・。」

「おいっ!神谷?!」

溢れる涙がセイのほおを再び濡らす。
張り詰めていた糸が切れるように、セイの体が崩れたのはその時だった。




「神谷っ・・おいっ・・神谷っ・・。」

「・・・?」

ぼんやりと目を開けるとそこに土方がいる。
うまく口が動かない、なんとか目が開いて、そこにいる人がわかって・・。

「しっかりしろ!」

「し・・はいにん・・?」

自分が今どこにいるのかもよくわからない。
今まで身を打っていた冷たい雨は止んだのか・・?
暖かい・・ここは・・?

「いいか、ちゃんとシャワー浴びて、これに着替えておけ?俺は一旦ここから出るからな?」

「はい・・。」

朦朧とする意識の中で、返事をするのがやっとだった。
ふらふらと立ち上がるセイを見て、土方もその場を離れた・・。




(支配人・・ここ・・一体・・。)

「・・・・?」

『がばっ』

目を開けた時に映ったのは、見慣れない天井、
全体的に黒の物が多いこの部屋、セイの知らない部屋である。
自分は今ソファにもたれていて・・寝ていたのか?
部屋の電気は・・ついている。

「私・・なんで・・?ここは・・?」

『Ririririri・・Riririririri・・』

突然の音にびくっ・・と身をすくませる。

鳴っているのは自分の携帯。ディスプレイには土方の名前がある。

(そういえば、さっき支配人にあって・・。支配人は・・?)

まだ上手くまわらない頭を、なんとかまわそうとしながら、 2つ折りの携帯を開く。

「もしもし・・。」

「神谷?大丈夫か?」

「はい、支配人・・。私・・どうして・・?ここは・・?」

「そこは俺の部屋だ。」

「えっ?!」

その言葉に一瞬、さっきの恐怖がよぎる。
さっき違う男にむりやり抱きすくめられたばかりだというのに・・。

「安心しろ。今部屋にお前しかいない。」

「えっ・・?」

「俺は店にいるんだ。」

「えっ・・だって、私さっき、お店に・・いて・・それで・・。」

「あぁ、店の前でお前が倒れたんだ。それから俺が運んだ。」

「えっ・・だって、支配人の家って・・。」

「・・・そこに窓があるだろ?」

「え・・はい・・。」

部屋を見回せば、その部屋には若干小さめに見える、何もない窓があった。
セイはその近くへ行く。ふと目に入ったのはクローバーの飾り。
見たことがあるそれは、セイが贈ったものだ。

(こんなところに・・?)

クローバーの存在が、ここが土方の部屋だと裏づける。
クローバーをみつめると、土方の声が電話口で聞こえる。

「窓開けてみろ。」

『がちゃっ・・・。』

「よぅ。」『よう。』

「しっ支配人・・。」『しっ支配人・・。』

声が二重に聞こえる。
若干低い位置からセイに声がかかる。
土方が窓際からこちらを見上げている。自分の鉢植えも見える。

「なんでっ・・ここっ・・お店の隣?!」

「そういうことだ。」

「だって、支配人、車で来てたんじゃないんですか?!」

「いや?」

「だって、いつも送って下さって・・。」

「あぁ、あれは違う。あれは車で来てるんじゃなくて、店に車が置いてあるんだ。」

「え・・?」

「そっち側の建物。駐車スペースがないんだ。それで置かせてもらってる。」

「そう・・だったんですか・・。」

「あぁ・・。」

窓から流れ入ってくる冷たい風にセイの意識もようやくはっきりしてくる。
そうだ、確かにあの時店の前で倒れて、運ばれた所がどこかもよくわからなかったが、
土方に言われるがままにその身を動かした・・。

「やっぱりでかいな・・。」

土方の声に意識を戻す。

「え?」

「お子様には流石にでかいよな、俺の服は。」

「えっ・・これ・・支配人の・・?」

よく見れば自分は上下トレーニングウェアで、しかも袖口をまくっている。
いつの間にこんなのに着替えているのか。
セイはその事実に思わず声をうわずらせる。

「こっ・・これどうやって・・きがえっ・・。」

「はぁ?」

「だからっ・・その・・私なんでこれに着替えてるんですかっ?!」

「俺が渡したからだろう?」

「えっ・・渡したって・・えっ・・?」

赤面したまま、土方の言葉一つ一つにその声をうわずらせるセイに、
土方はどうやらセイが勘違いしているらしいことに気づく。

「お前、覚えてないのか?」

「えっ・・?」

「お前運んだ時に、「これに着替えろ」って渡したろ?
で、お前「はい」って言ってそれ持ってシャワー浴びにいったじゃないか。
そのあとは俺もしらねぇぞ。こっちにいたんだから。」

「ええっ・・。あっ・・。」

思わず口に手を当てるセイ。
おぼろげな記憶が蘇ってくる。


(そうだ、自分で着替えたんだ・・・。)

朦朧としながらもシャワーを浴び、渡された服に着替え、
そして、そのままソファで眠ったらしい・・。
断片的な記憶が蘇る。

「俺が着替えさせたとでも思ったか?」

「そっ・・そんなんじゃありませんっ・・。」

図星、をつかれて勢いよく否定する。

「実は・・。」

「えっ?!」

「嘘だよ。」

「もうっ、支配人っ!!」

「そんなことより、やっぱりそれじゃでかいな・・。神谷・・お前ロッカーに制服あるか?」


「制服・・?あっ・・あります!」

「ロッカー開けても構わないか?」

「はい。」

「ちょっと待ってろ。」

そういい残すと土方は、窓から離れ、ロッカーのある部屋へと行ったらしい。
しばらくして袋を抱えて戻ってくる。

「これか?」

「はい!」

「投げるぞ?」

「えっ?!」

「いくら隣の窓でも、少しは勢いつけねぇと届かねぇだろ。
大体、お前はいつまで携帯持ってんだ。もう繋がってねぇぞ?」

「あっ・・。」

セイは慌てて携帯を窓辺に置く。

「行くぞ。」

「はい。」

『がさっ・・。』『ぼすっ・・。』

「ナイスキャッチ。」

「えへ、ありがとうございます。」

「まぁ、俺のコントロールが良かったからな。」

「どうでしょうね〜。」

「言いやがったな。まったく、いいから早く着替えて来い。」

「はい!」





「支配人・・。」

窓の外で声がする。

歳三は窓の外を見上げた。

「なんだ、着替え終わったのか?」

「はい。」

「やっぱりそっちの方がお前らしいな。」

「えへへ・・。」


(制服があって良かった・・。)

そう思ったのはどっちだったか・・。

(さすがにあれは・・。)

(ちょっとな・・。)

自分の服を着た彼女を思い出す。
流石にあれは見ていられない、いろんな意味で・・。

「支配人・・?」

「なんだ?」

「あの・・。」

「なんだよ・・。」

「シャワーと着替え、ありがとうございました。
私、お店に行きますから・・。支配人はこっちに・・。」

「家に帰らないのか・・?」

答えがわかっているのに質問する。
帰るなら、あの時あんな風に会うはずがない。

「ええ、まぁ・・・。」

俯くセイを見て、歳三は確信する。
家に・・というよりは・・。

「神谷、何があったんだ・・?」

「それは・・。」

更に俯くセイを、歳三はみつめる。

「まぁ、いい。今日はそっち貸してやるから、そこに居ろ。
俺がここで寝るなんて、よくある話だ。」

「でも・・。」

「でも、なんだ?」

「いえ・・。」

「それとも、傍にいて欲しいか?」

「はっ?!」

「冗談だよ。」

「・・・支配人・・。」

ふざけた発言に、もっと怒るかと思っていたセイが大人しくこっちを見ている。
歳三は、何があったかしれないセイに言う言葉ではなかったかと、後悔する。


「神谷・・?」

「そう、言ったら、傍にいてもらえますか?」

「お前・・。」

セイの言葉に、歳三だけでなくセイも瞠目する。

「あっ・・嘘ですっ・・。冗談です・・。・・っ・・・。」

「神谷・・。」

「やだ・・なんで・・すみません・・っ・・く・・・。」

ふいに溢れた涙をセイは止められずにいた。
急に、思い出された恐怖・・はっきりしてきた頭に、現実に引き戻される。
自分で自分を抱き、震えを止めようとするが上手くいかない。

「ちょっ・・そこ・・動くな?いいな?」





「・・・。」

「ほら。」

「ありがとうございます・・。ごめんなさい・・こんな、急に・・。」

「いいから、気にすんな。」

差し出されたカップを受け取り、口をつける。
甘い香りが口に広がる。

「おいし・・。」

「そりゃどうも。」

「これ・・。」

「ジンジャーミルクティー。」

立ったまま、自分のカップに口をつけた歳三が答える。

「・・・。」

ぽろ・・・とまた涙がこぼれる。

「なっ・・今度はなんだっ・・熱かったかっ?!」

「そうじゃなくてっ・・ふ・・ぇ・・。」

落ち着いたかと思った涙がまた溢れてくる。
優しい空気に涙が止まらない。

「泣くなよ・・。」

『くしゃっ・・。』

頭にのった暖かい手に、セイは泣きながら頷く。

「はい・・。」

「はいって言ってて、まだ泣いてんのか?」

「だって・・。」

「だって、なんだよ。」

「支配人が・・やさし・・から・・。」

「俺はいつも優しいだろ。」

「ぷっ・・。」

「なんだよ?」

「ごめんなさいっ・・。っ・・ふ・・・。」

「お前なぁ・・。」

「だって、だって・・。」

「泣くか笑うか、どっちかにしろ。」

「はい・・。」

「でも、泣く方選ぶなよ?」

「くすくす・・はい。」

「よし。」

ようやく戻ったセイの笑顔に、ひとまず安心する。
何があったかは聞かないほうが良さそうだ。
なんとなく、予想もついている。

(総司・・・おまえ・・。)


「さて、それ飲んだら寝ろ。明日休ませねぇぞ?」

「えっ・・?」

「え?じゃねぇ。寝ないつもりか?」

「いえ、そういうわけじゃ・・。」

そこまで考えてなかったのだ・・。
気がつけば、夜もふけて、しかも歳三の部屋に2人きりだ。
今更ながら、その事実にセイは焦った。

「そっ・・そうですよねっ・・どうしようっ・・支配人っ・・私・・やっぱりうちに・・。」

「この夜更けにはいどうぞと、帰せると思うか?」

「でも・・。」

「いいから、ここにいろ。俺は違う部屋で寝るから。」

「いえっ・・私がどこか・・廊下ででもっ・・。」

「廊下でっってお前な。野郎じゃねぇんだから・・。」

「でも・・。支配人のベッド取るなんて私・・。」

「じゃ、一緒に寝るか?」

「えっ!」

「嘘だ。」

「・・・支配人・・・。」

「なんだ?」

(まさか・・言うなよ・・?言うなよ、それだけは・・・。)

「わかりました、じゃあ、お言葉に甘えて・・。」

「あぁ。」

セイの選択に、胸をなでおろすが、なんだか、惜しい気もした自分に、
歳三は我ながら呆れる。

(馬鹿か・・俺は・・。)

「でも、支配人?」

「なっ・・なんだ?」

よからぬことを考えそうになったところにかけられた声に今度は歳三が声を裏返す。

「あの・・支配人はどこに寝るんですか・・?」

「夜這いにでもくんのか?」

「違いますっ!もうっ!!」

「隣の部屋にも客用の布団があるんだよ。」

「そうですか・・よかった。」

本当に心配だったらしい。セイはほっとしたような笑みを浮かべている。

「じゃあ、さっさと寝ろよ?」

「はい、おやすみなさい。」

「あぁ。おやすみ。」

「支配人・・ありがとうございました。」

「おぅ。」


『きぃ・・。』
寝室の扉を閉める間際に歳三が声を出す。

「そうだ、神谷。」
「はい?」

「夜這いにくんなよ?」

「しませんよっ!!」
真っ赤にした顔で、セイが言い返す。

「それと、神谷。」

「なんですかっ!」

次は何を言われるのかと、セイは身構えた。

「さっき貸した服、でかいかもしれないがそれで寝ろ。制服のままじゃ皺になっちまう。」

「・・・・・はい、ありがとうございます。」

「じゃな。」

「はい・・。」

言われたとおり、借りた服にまた着替え、セイは歳三のベッドに入る。
今日は、本当に疲れた・・。
歳三がいなかったら、どうなっていたか・・。
ぷつりと糸が切れたように、セイは眠りについた・・。




『ばたんっ・・。』


セイのいる寝室のドアを閉め、もう1つの部屋に入った所で、歳三の携帯のディスプレイが光る。
セイに聞こえないように声のトーンを落とす。

「もしもし・・。どうした、こんな時間に・・。」

「あぁ・・俺だ。」

「いや?さっき、会ったが。今は山南さんの彼女だったか、里さんって言う人のうちに行ってるはずだ。」

「総司、お前神谷に何をした・・?」

「・・・・。」

「・・・・・ふざけんなっ!」

思わず声が大きくなる。慌てて周囲に耳を澄ます。
セイが部屋から出てくる気配はなさそうだ。


「総司・・・。」

「あぁ、そうだな。確かに関係ない。じゃあなんでかけてきた?」

「そうか・・だがそれは違う。」

「でも、お前が、神谷を泣かすなら俺にも考えがある。」

「・・今ごろ気づいたのか?」

「いつからだろうな。俺にもわかんねぇよ。」

「上等だ。・・・・・絶対お前には渡さない。」

「じゃあな。」

暗闇で光っていた携帯電話の光が消える。
歳三は、ため息をつくと敷いた布団に身を投げ出した。










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