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                                       菜緒りん様







「あ!神谷さん♪」
「あれ?沖田先生!こんばんは〜♪」

神谷セイ(21歳 大学生)が友人と夕食を食べに行き、家の前まで帰って来ると、
隣の家から沖田総司(26歳 会社員)が出て来た。

セイが受験の時に総司が家庭教師をしてくれたのだ。



「トシ兄(としにい)のとこへ来たんですか?」
「はい。ちょっとご機嫌伺いに……。」

『トシ兄』とは隣の土方家の四男坊、土方歳三(35歳 会社員)の事である。

歳三は早くに両親を亡くし、年の離れた長男夫婦に育てられた。
末っ子のせいか、隣の家に住む神谷家の子供達、
セイとセイの兄、祐馬(28歳 警察官)を可愛がっている。

そして、セイと祐馬も歳三を『トシ兄』と呼び、慕っているのだ。



セイが大学を受験する時、祐馬はその直前に結婚して家を出ていたので、
歳三が勉強を教えてくれると言ったのだが、セイはキッパリと断った。

気が短く大人気ない歳三の性格をよく知っていたからである。

セイにしたって決して気が長いわけでも弱いわけでもない。
しょっちゅう喧嘩になるのは目に見えていた。

なので、仕方なく歳三は自分が以前からやっていた剣道の道場で知り合った、
沖田総司を家庭教師として紹介してくれたのである。

歳三も総司も成績は頗る良かったらしい。

総司は丁寧にそして根気よく教えてくれた。
結果、セイは無事に志望校に合格出来たのであった。



ともあれ、そういう事情でセイと総司そして歳三は3人で話す事もよくあった。





「『ご機嫌伺い』って?トシ兄どうかしたんですか?」
「あ……実は恋人と別れちゃったみたいなんですよう……。」
総司がセイに近寄り小さい声で言った。

「え?!何でですか?!」



実は歳三には長くつきあっていた恋人がいて、
周囲はそろそろ結婚するだろうと噂していたのだ。もちろんセイもそう思っていた。

その恋人と別れたというのは寝耳に水であった。



「いや、何だか相手のお父さんにお店を継いで欲しいって言われたらしくて。
それでモメちゃったみたいです……。」

「えぇっ?……ああ、そりゃあトシ兄は嫌がりますよね……。」



歳三はいずれ自分の会社を立ち上げようと、準備していたのだ。

今の年齢まで実家に住んでいるのも、
少しでも会社設立のための資金を貯めようという考えからだった。

結婚相手の家は老舗の呉服屋なのだが、
娘が1人いるだけなので、歳三に跡を継いで欲しいのだろう。

その気持ちはわからないでもないが、セイは自分が幼い頃から歳三の夢を聞いていたので、
その夢を叶えさせてあげたいとずっと思っていた。



「それが原因で、別れちゃったんですか?」
「らしいです。」

「で?トシ兄どうしてました?」

「『縁がなかったんだから、しょ〜がねえ。』って言ってましたけどね。
まあ、私には弱みを見せない人ですから。」

だろうな……とセイは思った。



「神谷さん、ちょっと気をつけてみてあげてくれますか?
ほら、あの人ほんとは落ち込みやすい人だから……。」

「私にもあんまり弱みは見せませんけど……わかりました。気をつけてます。」

「すみませんね。じゃあ、私はこれで!おやすみなさい。」
「ハイ!おやすみなさい〜!」



帰って行く総司の後姿をしばらく見た後、
セイは歳三の家を見つめた。



「落ち込んでるなら、きっと今夜は……。」

そう呟きながら玄関のドアを開けた。









*** *** ***









その夜遅く、セイは自室でベッドに寝転んでいた。



━━━━カラカラッ……ゴソゴソ……。━━━━

隣の方からサッシの戸の開く音と人の動く気配がした。



「あ!やっぱり!」

セイは起き上がってドレッサーの上に置いてあった小さなタッパーを手に、
ベランダへと通じる戸を開けた。



隣の土方家とセイの神谷家は極めて家が接近して建っている。
そして、セイと歳三の部屋は同じ2階の同じ位置にあった。

なので両方のベランダも隙間はあるが、割合接近している。
セイはよく歳三の家のベランダ伝いに部屋へ侵入したりもしていた。



「よッ♪」
スチャッ!と片手を上げて隣のベランダへ声をかける。

「あ?何だセイ、まだ起きてんのか?」
歳三がタバコをくわえながらセイの方を見た。



「起きてるよ!子供じゃあるまいし!」

そう言いながらベランダの手すりに乗り、いつものように歳三がいる
隣の家のベランダへ移ろうとした。

「おい!またこっち来んのかよ?」
「いいでしょ?別に。あ!ちょっとコレ邪魔。持って。」

そう言いながら手に持っていた小さいタッパーを押し付ける。

「ったく!しょ〜がねえな。気をつけろよ?」
眉間に皺を寄せながらも歳三はタッパーを受け取った。



「いいじゃん!せっかくソレ持って来てあげたのに!」
「ん?……あ!コレひょっとして?」
「そう。お母さんの漬けた『たくあん』。トシ兄好きでしょ?……よっと!」



セイはとうとうベランダの縁を乗り越え、歳三の方へとやって来た。

そして隅に置いてあるもうほとんどセイ専用になっている、
折り畳みの小さなパイプ椅子を組み立てて座った。

歳三は同じ折り畳み椅子に腰掛け、これまた折り畳みの小さなテーブルの上に
タバコ道具一式と酒の入った瓶とグラスを置いていた。



「おお、おお♪気が利くじゃん。おばさんのたくあん美味いんだv」
そう言いながらタッパーを開け、たくあんをポリポリ食べ始める。

「きっと飲んでるだろうから、つまみにいいかと思ってさ〜。」
セイの言葉に歳三の動きが一瞬止まった。

「……何か聞いたのか?……総司か?」
「心配してたよ〜?」
「 ………………。 」



歳三はよく落ちこむとこうして夜中にベランダで酒を飲む。

それを知っているセイは、恐らく今日も飲むはずだと踏んで、
気配を探っていたのであった。



「だいじょぶ?」

セイが歳三の顔を覗き込む。

「ったって、別に……どうしようもねえ事だからな。」
「でも凄く好きだったんでしょ?あんなに長くつきあってたんだから。」
「……まあな。」

「何とかなんないの?」
「何ともなんねえから別れたんだろうが。」
「そりゃそうだろうけど……。」

「お前も飲むか?」
土方が酒の入ったグラスを持って言った。

「うん♪」
セイが返事をすると歳三は一旦部屋へ入って、グラスをもう1つ持って来た。
これもセイ専用に近いと言える。

そして瓶からグラスに酒を入れ、セイに渡した。

「ほい。」
「ありがとv」

セイはグラスを口に運びながら、さりげなく歳三の様子を伺った。
こんなに表情のない顔を見るのは初めてだった。

その酒は何だかいつもより苦く感じられた。



「……上手くいかない事が色々あるね。生きてくってさ。」
「まあ、仕方ねえさ。」

しばらく2人は黙って夜空を見上げていた。













*** *** ***









「んじゃあ、そろそろ寝るよ。」
セイが立ち上がって伸びをしながら言った。

「ああ。ありがとな(心配してくれて)。」
「ん?ああ、たくあん?まだたくさんあったから、また持って来るよ。」
「いやそれもだが…………。」
「違うの?」
「……いや?そうか。頼むな。」
「おっけい♪ではね〜!」

そう言うとベランダの手すりに手をかけた。

しかし、ふと思いつき、再び歳三の方を振り返った。



「まあさ、誰もお嫁さんに来てくれなかったら、あたしがなってあげるからさ♪」

セイがこの言葉を言ったのは、もちろん深い意味など少しもなかった。



だが、後になってこの言葉が深い意味を持つ事になるなど、

この時の2人には全く知る由もなかったのである。





「はあ?……悪いがなあ、俺はガキには興味ねえんだよっ!」
「誰がガキよ――――??!!」
「お前だ。」
「ガキじゃない――――!!!」
「俺はお前が産まれた時から知ってんだ。そんな気になれるか!」
「それはこっちのセリフですぅ!!社交辞令で言っただけですう!!」
「おや、そ―ですか―。」
「はい、そ―ですよ―だ!!」



歳三はふざけ合いながらもセイと話した事によって、
何だか少し辛い気持ちが治まった気がしていた。



「じゃあ、ほんとにおやすみ!」
「ああ。じゃあな。」

セイが手すりに足をかけ、自分の方のベランダに移ろうとした時、
酒を飲んだせいで酔いが回っていたのか、足を滑らせてしまった。

「うわ……きゃあっ!」
「危ねえ!!」

一応無事に向こうに移るまではと見守っていた歳三が慌てて立ち上がり、
駆け寄って身体をしっかりと抱きとめた。

セイも歳三の体に必死に抱きつく。

お陰でセイは危うく宙吊り状態を免れた。



「「 はあぁ〜っ……。 」」
2人は同時に溜め息をついた。

「全く!だからいつも気をつけろって言ってるだろうが?!」
歳三が抱き締める腕に力を込めながら言った。

「ごめん……ああ、怖かった……。」
セイは思わず歳三の首に両手を回し、一層強く縋りつく。





「「 …………!! 」」

安心するとハッ!と2人とも冷静になり、今の自分たちの状況を分析した。

思いっきり体が密着している。

いや、正に何処からどう見ても、抱き合っている状態であった。



(タバコとお酒の匂い……大きな胸……トシ兄、男の人の匂いがする……。)
(コイツ……いつのまにこんなに女っぽい身体になったんだ……?)

しばらくお互い驚きながらも相手の身体の感覚を味わっていた。



――何だか鼓動が段々早くなっていく。



「「 ………………。 」」

2人ともそのまましばらくその状態で固まっていた。



だが、先にセイが現実に復帰した。

「///// ト…トシ兄、ありがと。 /////」
首に回していた腕を外し、身体を離した。

「///// お!…おう!気…気をつけろよ?! /////」
歳三も遅れて意識を取り戻し、セイの身体を向こう側のベランダへ下ろした。

「///// じゃ…じゃあ、おやすみっ! /////」
「///// お…おう。おやすみ。 /////」





━━━━パシン!━━━━

サッシ戸を閉めるとセイはベッドに飛び込むように倒れこんだ。









*** *** ***









「///// 何だか胸がドキドキする〜!何でえ〜〜〜??? /////」

ゴロゴロと寝返りを何度もうつようにベッドの上を転がった。

その異様な行動がドレッサーの鏡にしっかりと映っている。
まるでもう1人の自分が自分の様子を客観的に見ているような感じがした。

「///// うわあ〜ん!何か変〜〜〜!! /////」

真っ赤な顔で転げまわる姿が自分ながら滑稽に見えた。





一方、ベランダにいる歳三も何だか混乱していた。

少しでも気持ちを落ち着かせようとタバコをくわえ、火を点けようとした。



「何でアイツを抱き締めたからって、こんなに興奮してんだ?俺は?!
そんなの、今まで幾度となくあっただろうが?!」

柔らかいセイの身体の感触と、シャンプーの香りがまだハッキリと
鮮やかな感覚として残っていた。



歳三はタバコになかなか火が点かないのに気づいてふと目をやった。
点かないはずである。
先っぽをくわえ、フィルターの方に火を点けていた。

「 !? 」

自分の行動に動揺し、慌ててタバコをくわえ直した。
だが、まだフィルターの部分は熱いままだった。



「(あ゛ち゛ぃ゛)――――!!!」

歳三は死ぬ思いで叫ぶのを我慢した。











そしてこの日のこの出来事が、2人が『兄と妹』のような関係から

1人の『男と女』の関係へと変わる行程への



スタートとなったのであった。




























****************************************************

「風光る」コンテンツの2周年記念お礼フリー小説です。

ここでこのお話は終わりです!!……って言ったら、
皆さんにきっと怒られるかな〜?なんて。
なので、続かせる事にしました。(汗)

今後「お礼企画」の度(次回は「貮拾萬打」突破の際です。)
にFDLとして続きを公開させていただきます。
次からは題名が「ボーダーライン(境界線)」に変わりますが。

よろしかったらお持ち帰り下さいませv

さて、歳とセイちゃんが幼馴染だという設定は
私としては初めて書かせていただきました。
結構おもしろかったです!
セイちゃんがいつもとは違って歳に対して
敬語で話していません。
いや。私にとっては新鮮でした。

お互いを意識し始めた2人がこの先どうなるのか。
「お礼企画」の度に楽しんでいただければと思います。

最後になりましたが、2周年、本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願い申し上げます。


=菜緒りん= 2005.10.15









『Labyrinth』様の「風光る」コンテンツ弐周年記念のフリー小説を
頂戴して参りました。
弐周年おめでとうございます(*^-^*)

幼馴染の二人が徐々に……というのは、とても好きな展開です。
なまじいろいろな面を見てきているだけに、
気恥ずかしかったり、気持ちの変化を認めたくなかったり、
恋に発展するにはきっかけが必要な気がしますよね。
そういう二人の“はじまり”が菜緒りんさまの手にかかると
こんなにもしっくりと感情移入して読めるのです(*^-^*)

勿論、このまま終わるなんてことは、
私だけではなく多くの方が許さないでしょう(笑)
続編は次の時に、と菜緒りんさまが明言されていますので、
『Labyrinth』様にせっせと通ってカウンターをくるくると回しながら
大人しく待っていることにします。

菜緒りんさま、春日さま、
これからもどうぞよろしくお願いいたします。m(__)m








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