いいわけ
                                     立夏様







 「ぅ、ん…」

 閉じた瞳の奥にまで、容赦なく差し込んでくる朝の光。

 その眩しさから逃れようと、総司は両の瞼にぎゅっと力を込めた。

 しかしその程度でどうにかなるほど、その輝きは甘くない。

 寝ている間に溜め込まれた濁った空気を肺から吐き出し、総司はゆっくりと目を開いた。



 「さむ…」



 目覚めた途端、辺りの冷たさに身体が無意識の反応を起こしてぶるりと震える。

 暖を求め、隣に手を伸ばした総司は、そこに在るべき存在が温もりごと消え去っているのに気がついた。



 「かみ…」

 「おはようございます、沖田先生」



 かぶさる声の持ち主は、呼びかけた名の持ち主。

 涼やかな音色の聞こえた方へ首をやると、そこには真白な人な人がいた。

 障子越しの日の光に照らされて、晒しと下帯一枚のその人はどこもかしこも眩しいほどに白々としている。

 「…あ、おはようございます神谷さん…」

 微笑むセイに、総司は思わず目を細める。

 きちんと正座し、しゃんと伸ばされたその背中に昨夜の名残は一片も見当たらない。

 手を伸ばしても届かない微妙な距離がもどかしくて、総司は身体を起こした。

 かけ布代わりになっていた着物が、肩から落ちる。

 一気に素肌が外気に触れ、ざわりと鳥肌が立った。

 秋の気配が見え隠れするこの時期、朝夕はなかなかに冷える。

 再びぶるっと大きく肩を震わせた総司に、セイはくすりと笑った。


 
 「先生、いつまでもその格好じゃ寒いですよ?」

 「あ、はい…」



 確かにそうだ、と総司は頷き、身体を覆っていた着物を持ち上げかけた。

 「………」

 「先生?」

 ぴたりと止まった総司を、セイは不思議そうな瞳で見る。

 みるみる顔を赤くした総司は、慌てたようにセイに言った。

 「あ、あの、すみませんけどちょっと向こうを向いていてくれますか。」

 「え?」

 「えと、その、し、下帯、締めなきゃならないんで…!」

 「あ、ああ!すみません…」

 つられて赤くなったセイは、身体ごと横を向いて総司から視線を外す。

 「いえ、こちらこそ…」

 しどろもどろの総司は、情けなく歪んだ顔で、傍に投げ捨てられていた下帯に手を伸ばした。


 (まったく、いつになったら慣れるんでしょう…)


 セイとこんな朝を迎えるようになったのは、夏も盛りの頃だった。

 闇の中では躊躇いも無く触れられるのに、こうして日の光に照らされたセイを見ると駄目なのだ。





 立ち上がろうとした総司は、ちらりとセイへ視線を送った。

 相変わらず、晒と下帯だけの姿で座する細い身体。

 (寒いのは、自分だって同じでしょうに…)

 そう思うのに、なぜか着物を着なさいというのが憚られる。

 真白なセイを縁取るのは、無造作に背に流された漆黒の髪。

 昨夜あれほど掻き乱したはずなのに、相も変わらずさらりとしている。

 その姿は、例え月代があってさえ一人の美しい女子にしか映らなかった。

 白さの中に、ほんのりと色づく甘い何か―――






 「ハクシュッ!」






 ふいに、大きなくしゃみが口から飛び出す。

 すると後ろ向きのまま、子供を嗜める母のような口調でセイが言った。

 「先生、早くしないと本当に風邪を引きますよ。」

 「あ、はい…」

 総司は慌てて、下帯を締め始めた。



 「あ…」



 着物に袖を通し、次は帯、と思った総司は、手元にそれがないことに気がついた。

 床を探してきょろきょろすると、目的のものは少し離れた位置に無造作に投げ捨てられていた。

 拾い上げた総司の真正面に、セイの横顔が飛び込んでくる。

 見られていることに、気付いていないはずは無い。

 けれどセイは、自分に向けられる視線の方へ目も呉れようとはせずに気際よく髪を纏め始めた。





 呆けたような総司の眼前で、一本に括り、根元をぎゅっと締め上げる。

 結われたたぶさが細い指から滑り落ちると同時に、セイ自身の中からも、するりと何かが抜け落ちた。

 静けさの中に凛とした輝きを宿す瞳は、じっと虚空を捕らえて放さない。

 差し込む光がセイの身体に突き刺さり、血の代償に影を落とす。

 その光景になぜか痛いほど胸が軋み、総司は知らず、息を呑んだ。






     ―――神谷清三郎






 そこにいたのは、一人の武士(おとこ)。

 花のごとき阿修羅と称された、一匹の鬼。








 「……綺麗だなぁ」

 音も立てずに浮き上がってきた総司の声が、しんとした部屋をかすかに波立たせた。

 「…は?」

 振り向いたセイは、そこにあった恋人の表情に思わずたじろいだ。

 頬が、うっすらと熱を持つ。

 なんと返したものか迷うセイに、同じ言葉が送られる。

 「神谷さんは、綺麗ですね。」

 「…な、何言ってるんですか先生」

 今度こそ、セイはかあぁっと頬を真っ赤に染めた。

 総司は愛しそうに、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 「ふふ、だってどうしてもそう思ってしまうんですもん」

 「…き、綺麗なんて言われて喜ぶ武士(おとこ)はおりません」

 照れ隠しに怒りを装い、セイはぷいと顔を背ける。

 「おや、そうですか?」

 「そうですっ!」

 「でも、伊東先生は大喜びしますよ?」

 「あ、あの方は別格ですよ!まず感覚の方向が違うんですからっ」

 頬を膨らませたセイに、総司は言った。

 「…でも、やっぱり綺麗なものは綺麗ですよ。男とか女とか、そういうのは関係なく」

 「………」

 総司は笑みを深め、セイは困ったように俯き加減になる。

 総司はセイに近づいて軽く頭を撫でた。



 「さて、そろそろあなたも準備なさい。皆が起きる前に部屋へ戻らなくちゃ」

 「あ、はい…」



 セイは頷き、立ち上がって着物を纏い始めた。

 総司も、手にしていた帯を腰に巻く。

 いつもよりずっときつく締め付けると、は、と息が零れた。

 そっと盗み見たセイの横顔は、やはり日の光が透けてしまいそうに白く見える。

 ふと、総司は思った。



 「……あなたはもしかして、玉女様ってやつなんでしょうかね」

 「え?」

 「ほら、西本願寺の門主がどうして妻帯してるのかって話になった時、聞いたじゃないですか」

 「…ああ、あれですか…」



 難しいことは分からないけれど、確か伊東が土方に語っていたことだ。

 女犯を罪とする僧侶でも、観音様が身を窶した玉女と呼ばれる女性ならば許されるらしい。

 西本願寺の開祖である親鸞聖人が、夢の中でそう告げられたとか告げられないとか、そんな話だった。



 「でも先生、私は観音様なんかじゃありませんよ」

 セイが、少し硬い声で言った。

 「分かってますよ。でもほら、お坊さんの玉女様は、女子だけど実は観音様なんでしょう?だったら鬼の私の
 玉女様は、女子だけど武士(おとこ)っていう、あなたのことだと思いません?」

 「………」

 笑顔で話す総司に、セイは何も言わずにするりと後ろを向いた。

 「神谷さん?」

 「…私、先に戻ります」

 声が、背中が、明らかに怒っている。

 「え…、ど、どうしたんですか?」

 慌てたように伸びてきた総司の腕を持ち前の素早さで掻い潜り、セイは言った。

 「…伊東先生の話を聞いた後、副長が何て仰ったか、お忘れですか」

 「え?」

 「沖田先生のばか。私は、副長に同感です」

 「あ…」






     ―――下らねえ言い訳してんじゃねえよ。結局、自分の欲に負けただけの話じゃねえか






 吐き捨てられた言葉に、伊東が苦笑していたのを思い出す。

 そういう俗な意味合いの話ではないのだが、君らしいね土方君、と。




 「私を、勝手に変なものに仕立て上げないで下さい」




 総司は、うろたえた。

 震えの混じったその声に、苦い後悔がじわりと滲む。

 「あ…、ごめん、なさ」

 「ばか、先生のばか」

 小刻みに揺れる背中を今度こそ捕らえ、総司はぎゅっと抱きしめた。

 「神谷さん、ごめんなさい。神谷さん」

 「ばか、ばか。だって先生にそんなこと言われたら、私はどうしたらいいんですか。私って、何なんですか」

 「すみません、ごめんなさい。私が馬鹿でした。神谷さんは、神谷さんですよね。ただ、それだけですよね」

 「………」

 「好きです、大好きですよ、神谷さん。あなたが神谷さんだから、私はずっとあなたが好きなんです。だから
 許して下さい、お願いします」

 「……もう、二度と言わないで下さい」

 「言いません。絶対に、二度と言いません」

 「…ばかヒラメ」

 強張っていたセイの身体から力が抜け、総司の胸に温かな重みがかかる。

 その白い米神にそっと口付け、総司はもう一度小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。








終     














『雨のごとく』の立夏様から、かなり前にアンケート返答のフリーSSを
頂戴しておりました。
時機を逸してしまった気はするのですが、
とっても素敵なので飾らせていただきます(*^-^*)

二人はもうそういう関係なのに、
立夏さまの筆にかかると、とっても初々しく感じられるのですよね。
飾らせていただく時季がちょっと合っていないのですが(^^ゞ
肌寒い朝の凛とした空気が二人の周りに漂っていて
少し緊張感を覚えてしまうのは私だけでしょうか…。

“玉女様”に例えられたセイちゃんが静かに抗議するところ。
とても好きな件です(*^▽^)
総司がセイちゃんに弱いのもツボですvv
もう、立夏さまの書かれる二人にはドキドキのし通しなのです(笑)

いつもいつもお世話になる一方ですが、
これからもどうぞよろしくお願いいたします。m(__)m








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