立夏様
「くすぐったい、先生」
「動いちゃ駄目ですよ、神谷さん」
「だって…ふふっ」
「もう、大人しくなさいったら」
「はぁい」
笑いながら返事をすると、総司は再びセイの手の平に唇を寄せた。
セイは恥かしいような、くすぐったいような気分で首を竦め、それを受ける。
「―――次は、神谷さん」
顔を上げた総司に、セイは尋ねた。
「…ええと、どこにすればいいですか?」
同じ場所では駄目なのだ。
総司が言い出した口付けのしあいっこは、お互いが交互に、違う場所に口づけなくてはいけないらしい。
「そんなの、自分で考えなさい」
「ケチ」
「とりあえず、もう手は駄目」
そっけなく言って、総司は背にした壁に寄りかかった。
その首筋に、汗がすっと一筋流れる。
京の夏は、暑さが厳しい。
夜になろうとその暑気が和らぐわけでもなく、総司は着流し一枚でセイの前に座り込んでいた。
総司ほど着崩してはいないものの、セイ自身も同じような格好でいるのだけれど。
「ねえ、早く決めて下さいよ」
開き気味の袷に手を差し入れてべたつく胸元を引っ掻きながら、総司は催促する。
考え込んでしまっていたセイは、胡坐をかいている総司の足に圧し掛かるようにして身体を寄せた。
「……じゃあ、ここに」
「ん」
前髪を掻き分け、汗の粒が浮く額に口付ける。
「しょっぱい」
唇を離し、後に残る塩辛い味にくすりと微笑む。
「それは言いっこなしですよ」
お互い様だ、と総司も笑い、そのままちょうど目の前にあったセイの頬に軽く吸い付く。
ちう、と音が立ち、思わず身を引いたセイを、しかし総司はすかさず細い腰に腕を回して引き寄せた。
「うわあ、暑苦しいですねえ」
妙に嬉しそうに言いながら、べったりと抱き締める。
「……くっついてるんだから、当たり前でしょう」
布地越しに密着した身体から、外気と同じか、それ以上の熱を孕む互いの体温が伝わってくる。
ますますじっとりと汗が滲み出すのを感じ、セイは溜息をついた。
「だって聞くところによるとね、暑さは、熱さをもって制するのがいいそうですよ」
唇を、総司のそれが掠めてゆく。
「…先生、反則です」
にこやかに笑うその人を、セイは軽く睨み付けた。
「何がです?」
「次は私の番じゃないですか」
「あ…」
指摘された総司は、しかし罪の無い笑顔で子供のようにぺろりと舌を出した。
「もう!」
言い出した張本人のくせに、すぐこれだ。
「ごめんなさい。じゃあ、次は神谷さんが二回していいですから」
「……今度だけですからね」
セイは、渋々頷いた。
反則を理由にこんなくだらない遊びはやめてしまってもいいか、とチラリと思うけれど、なぜか頷いてしまう。
(きっと、私も暑さで脳がやられてるんだろうな…)
再び膝立ちになり、今度は瞼に口付けながらセイは思った。
総司は心地良さそうに目を瞑っている。
彼の口車に乗せられ、こんなことを始めてしまった時点で、すでにおかしいのだから。
「もう一箇所、どうぞ」
目を開いた総司に促され、セイは小さな意趣返しを思いついた。
「なら、ここに―――」
零れそうになった笑みを押し殺して総司の手をとり、口付ける。
すると案の定、不満そうな抗議が飛んできた。
「あ、神谷さんこそ反則ですよう。手はもうダメって言ったでしょう」
「先生がしたのは手の平でしょう?私のは、手の甲ですもん」
「…神谷さんのイケズ」
用意していた台詞と共にツンと顔を逸らしてみせれば、総司は口を尖らせる。
セイは、堪えきれずに笑い出した。
「もう、何がそんなにおかしいんですか」
「わ、分かりません〜」
「もうっ!なら私だって反則しますからね」
ころころと笑い転げるセイの腕を掴み上げ、総司は剥き出しになった手首をきつく吸った。
「あ、何するんですか!」
驚いたセイは、慌てて掴まれた手をぶんぶんと振る。
しかし男の力には敵うはずもなく、静脈が透けるほど白い内側の肌に鮮やかな花が浮く。
「酷い…!これじゃ隠せないじゃないですか」
キッと睨み上げたセイに、今度は総司がくすくすと笑う。
「いいじゃないですか、別に」
「よくない!見えるとこにはつけないでって、いつも頼んでるのに!!」
「……なら、見えないところならいいんですね」
思わず口走った言葉に、総司の瞳が怪しく光る。
本能的な危機を察知し、セイが後ずさった時には、もう遅かった。
「ちょっ、せんせ、何を…!?」
跪くような格好で、総司はセイの足を掬い上げる。
「せ、先生、冗談はやめ、ん…っ」
唇をゆっくりと足の甲に押し当てられ、セイは身を硬くした。
ぞわりと背を走った感覚に、頬がさっと朱を帯びる。
「なにして、るん…ですか」
「ふふ」
するすると滑る唇の軌跡を辿って生まれる、痺れるような熱。
それ以上の伝播を留めようとするかのように、セイはきゅ、と眉をひそめる。
「や…っ、つぎは、私のばん…っ」
「それはもうおしまい」
無防備な着流しの裾を割り、総司は柔らかなふくらはぎに噛り付いた。
びくっと撓る足を押さえつけ、薄くついた歯形を舐める。
「っ、ずるい…!」
涙目のセイが、は、と息を零す。
総司は顔を上げ、にっこりと微笑んだ。
「―――そんなの、とっくに分かってるでしょう?」
手の上ならば 尊敬のキッス
額の上ならば 友情のキッス
頬の上ならば 厚意のキッス
唇の上ならば 愛情のキッス
閉じた目の上ならば 憧憬のキッス
手のひらの上ならば 懇願のキッス
腕の首ならば 欲情のキッス
さてその他は みんな 狂気 の沙汰

『雨のごとく』の立夏様から、暑中見舞いのフリー小説を戴いて参りました。
同サイト様で順次UPされています「恋愛の名言二十選」のお題の一つでございます。
その名言にふむふむと感じ入り、立夏様の御品で更に恋愛の奥深さを
しみじみと
考えてしまいますv
しかし…^_^;
この二人は、いったい何を考えているのか(笑)
まぁ、ラブラブなのはわかっているのですけどね(*^-^*)
それにしても、普段はセイちゃんの方が強気にでているのに、
こういった方面ではしっかりしている(?)立夏様の総司はクセになってしまいます(爆
立夏様、素敵な暑中見舞いをありがとうございました m(__)m
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