ええ、私は気付いていましたよ。
そう…多分あなたが思っているよりは早くに。



でもごめんなさい。
それに応えることはおそらく無いでしょう。




そして私はこれからもあなたを傷付け続けるのかもしれませんね………









     仮  偽


 







いつもと違うのは「沖田先生!」と呼ぶ元気の良い声が聞こえないこと。
口煩くあれこれ言う人がいなくて本当はもっと清々していて良い筈なのに、
何か物足りない心持ちがするのは自分でも不思議です。


そんな私の様子に気付いたのか藤堂さんがあれこれ話しかけてきます。



「神谷がいないと淋しそうだね」

「俺が話し相手になってあげようか?」

「そういえばさぁ、珍しいよね。土方さんが総司じゃなくて、神谷を供につけるなんてさ。」

「総司、お前土方さんに何かしたの?」



藤堂さんの言葉に適当に相槌を打ちながら表面上はにこにこと笑っていたのですが、
心の中では別の事を考えていました。
護衛のためなら神谷さんではなく私か或いは別の誰かを選ぶでしょう。
神谷さんでは心許ない筈です。

―― なのに、神谷さんを呼んだのは…?




「よほど気になると見えるな……神谷がいないのが。」


先程とは変わった声の主に驚いて後を振り返ると、そこにはいつの間にか斎藤さんが立っていました。
そういえば、いつの間にか藤堂さんがいません。
何処に行ったのでしょう。


「藤堂さんならあんたを構うのに飽きたらしく、向こうへ行ってしまったぞ。」


きょろきょろと見回している私に斎藤さんが言います。
何故私の思っていることがわかるのでしょう。

全く……斎藤さんには敵いません。



「神谷は局長と一緒に出掛けたようだが。それを知らない訳ではあるまい?」

「それとも始終一緒にいないと心配で落ち着かない、とでも?」



「…やだなぁ、斎藤さん。神谷さんが近藤先生と出掛けたのぐらい知っていますよ。
それに……どうして私が神谷さんの事を考えているなんて思うんです?
ただ、ぽーっとしていちゃいけませんか?」


「……。」


斎藤さんは何も答えません。





「副長が局長のお供につけたのは神谷だけじゃないがな…。」


ぼそりと言い残し、斎藤さんは私の言葉も待たずにすたすたと歩いて行ってしまいました。
本当に嫌なお人です、斎藤さんは。



嫌、というより少し怖いのかもしれません…。

斎藤さんにはもしかしたら私の心の奥底まで見透かされているような、そんな気がするのです。
私でさえ、意識しては決して覗き見ることない奥底を。










「沖田先生。ただいま戻りました。」

神谷さんが戻ってきました。



「近藤先生とどこまで行ってきたんですか?」

神谷さんの無事な姿にほっとしましたが、
どこか見えないところに傷でも負ってやしないかとつい目で確認してしまいます。

斎藤さんから供は神谷さん一人ではない、と聞いていなかったらどれほど心配だったことか…。




「いえ別に何処というほどのもの ……。」


神谷さんは私の問いに、すっと視線を外し俯き加減で
聞き取れるかどうかというほどの小さな声で答えました。
それも最後の方は神谷さんの口の中に呑み込まれてしまって聞き取ることができません。


「はいっ?…すみませんがもう一度言ってもらえますか?」

私は神谷さんの声がちゃんと聞き取れるように少し近付きながら再度訊ねました。



「べ、別にどこというほどの……。」


返ってきたのはさっきよりも更に小さな声で、これではいくら近付いても聞こえる筈がありません。
それにしても、いつもは訊かれなくてもあれこれとお話してくれる神谷さんが、
私と目を合わせるのを避け、ずっと俯いたままなのはどうしてなのでしょう…。


もしや…。



「あっ!!……もしかして神谷さん。」

私の突然の大きな声に驚いたのか、神谷さんがぱっと顔をあげました。
やはりうっすらと顔全体が赤いような気がします。


「私に言えないようなところに行きましたねぇ。」

図星だったのか明らかに神谷さんは動揺しています。



「やっぱり…!」

神谷さんの返事が無いのは肯定ということなのでしょう。



「ずるいですよう……。近藤先生。私を連れて行ってくれないなんて…」


「えっ!? ―― 沖田先生。……もしかして行きたかった…とか?…」


「そりゃぁ。私だって行きたいですよ。近藤先生と一緒ならよりどりみどり…」



どん!と突然私の胸を突いた神谷さん。
その顔には最初、嫌悪の表情が浮かび、それがさっと消えて怒りが、そして一瞬こちらをはっ! とさせる目をしたかと思うと
続けて驚きのそして最後に後悔の表情へと変化していきました。
まるで百面相のような神谷さんの顔に見惚れていたら、神谷さんはどう思ったのか、
きゅっと下唇を噛み締め、ぷいっと顔を背けるとそのまま振り向きもせずに走っていってしまいました。




「お、沖田先生……。」


呆然としている私に遠慮がちに呼びかける声には、同情とも呆れともとれる響きが含まれています。
後を振り返ると隊士の一人が立っていました。
確か斎藤さんの三番隊にいる人ですよねぇ…。


「何でしょう?」

「……局長が行かれたのは花街です。」

「えーっ!? そうだったんですか?」

「やっぱり…。別な所と勘違いされていましたね。沖田先生があんなことを仰るなんておかしいと思ったんです。」


そう言って微笑を浮かべる彼の顔は誰かと重なって見えます。
そうです。神谷さんです。
よくよく見ると、歳は神谷さんより若干上ぐらいでしょうか。
でもほっそりとした身体つきといい、男とも女ともとれるような顔立ちといい、
神谷さんと相通ずるものを感じます。


彼は神谷さんと一緒に近藤先生について行ったそうです。
神谷さんの代わりにいろいろとお話してくれました。



「いいのですか? ―― 神谷さん、誤解したと思いますよ。」

「何がです?」


「………。」


彼は困った顔をしています。
何と言ったらよいのだろう、とでも思っているのでしょうか。


「神谷さんも、そそっかしい人ですからねぇ。―― 大丈夫ですよ。二、三日もしたらきっと忘れてしまいますから。」


私がそう答えると、彼は何とも言えない複雑な表情を浮かべました。
そして、一礼するとこの場を離れていきました。













私は周囲に人の気を感じなくなると、そっと溜息を漏らしました…。



三番隊の彼の言わんとしていることを本当は知っているのです。
勿論、神谷さんが誤解をしたということもです。

背後に彼の「気」を感じていました。
だから……。




神谷さんが私を慕ってくれていることは、疾うに気付いていました。
でも、それに気付いたのは私だけではないでしょう。
それが私が神谷さんを心配する理由です…。


神谷さんが真っ直ぐなのはとても好ましいところなのですが、
時と場合によっては、それは神谷さん自身を窮地に追い込むことになってしまいます。
神谷さんは気付いていないでしょうけれど。




私の誠は近藤先生の為に尽くそうともう決めています。
それを曲げることは出来ません。
近藤先生の為に、新選組の為に、―― 剣を持つ私には何もいらないのです。




神谷さん…。
多分、私はあなこのことを好いています。
それは認めざるを得ません。
……でも、それを表に出すことは決してないでしょう。



それは私の誠の為。

そして神谷さんの為。





神谷さん、あなたは私の「女子に戻りなさい」という言葉に従おうとしませんね。
私はそんなあなたに溜息をつきつつも、どこかでほっとしています。


本当に神谷さんの為を思うなら、心を鬼にしても突っぱねるべきなのでしょう。
でもそれが出来ません。
どこかで傍らにいる神谷さんに安らぎを覚えているのも事実だから。


私は我侭なのかもしれません。


私の傍らにいるということは、あなたにとってはこれからも隠れて幾度と無く涙を流さねばならないということです……。
それでも、
それでもいいと言えるのですか?



私はいざとなったら、何の躊躇いも無くあなたを斬ることすら出来るでしょう。

あなたに報いることは何もないかもしれません。




あなたがつらくなったら、いつでも止めてよいのです。

私にはそれを止める権利はありません。
そう、こうして本心を明かすことのない私には。







でも、そうですね…。

ずるいかもしれませんが、もう少しこのままでいさせて欲しいと思うのです………。












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