「騙されてんじゃねえのかっ!」

眉間に皺を寄せながら近藤の話を黙って聞いていた土方が、抑えきれずに大声を上げた。

聞き及んでいる話は、どうやら本当のようだった。

芸妓を身請けするという噂。

土方にも馴染みがいるので、そういう話は自然と耳に入ってくる。

妓をつくるなとは言わない。寧ろ寛げる場があっていいと思っている。

日々殺伐とした中で、気を張って生きているのだ。少々羽目を外すぐらいは大目に見ているつもりだった。

だが身請けとなると話は別だ。

人の好い近藤は、相手の話を疑ったりしない。例え騙されていたとしても、そうとは取らないだろう。

それが美点でもあり、心配するところでもあった。

借金の為に身売りしたのだが、最近父親が病がちで…と、そんな風に妓に泣きつかれて同情してしまったのだと言う。

土方から見れば、そんな話を鵜呑みにする方がどうかしている。

だが、妓が幸せに暮らせばそれで良い、そう言って笑う近藤を見ると、それ以上何も言えなかった。

「……まったく。お人好しなんだから、近藤さんは。」

土方の呆れ顔に、近藤は困ったような、そして照れたような表情を返す。

「その話を聞きつけたら、また妓が寄ってきちまうぜ。ほどほどにしとかねえと後が大変じゃねえのか?」

「ははは。そんなにもてんさ。」

近藤はそう一笑したが、実はそうでもないのだ。

不器用そうだが男気がある近藤は、土方同様妓に人気があった。

それを自覚しているのかいないのか、いつもと変わらぬ表情でまた筆を動かし始めた近藤に、土方は苦笑する。

「そういえば歳の色話は聞かないなあ。―― そういう相手はいないのか?」

ふと思い出したように手を止めて真顔で訊く近藤に、土方はこほんと一つ咳をして

「俺のことはいいんだよ。」

とやや俯き加減で言う。

「それよりあんたこそ、折角身請けした妓を実家に帰してやるなんて…。惚れてたんだろうに。」

「いいんだ。それがあの娘にとっては一番いいことなんだろうからな。」

それを聞くと土方はふうと溜め息を漏らした。

「…あんたっていう人は、まったく……。」

「それに俺は、あんまり執着しないようなんだ。口説かれてその気にはなるが、格別離したくない女もいないような気がする…。」

「そういう性質の者もいるさ。」

土方が慰めるように言う。

すると近藤はじっと土方を見つめて、

「俺も女のために決闘の一つでもやるほどの恋がしたいなあ…。」

と溜め息まじりに言った。

「やかましいっ! それは餓鬼の頃の話だ。」

真っ赤になって憤慨する土方を見ながら、自分の言葉を反芻していた近藤は前に出会った女のことを思い出していた。








その女とは何度か顔を合わせたことがあった。

知り合いというには語弊があるが、見知った顔であることには間違いなかった。

当時近藤が足繁く通っていた妓のところへ向かう道で、すれ違ったことがあったのだ。

通りには沢山の人が歩いているし、注目されるのにも慣れつつあったので、

すれ違っただけの女のことを覚えていることの方が不思議だろう。

それが何故覚えていたかというと、その女の視線が印象的だったからだ。

敵意のある刺々しい視線…

視線といっても一瞬のことなので、自分の勘違いかもしれないと初めはそう思った。

或いは、近くの別人の視線をその女のものと間違えたのかと、そう思った。

だが二度目にすれ違った時、同じような視線を感じて振り向くと、その女のものらしき後姿があったので、

やはり勘違いなどではなかったのだと思った。

しかし、自分にはそんな目を向けられる理由がわからなかった。

確かに新選組は人に恨まれることがないとはいえない。どこかで恨みをかっていることがあるかもしれない。

女が何故刺すような目で自分を見るのか、近藤は気になっていた。

それから女の姿を見かける度に、近藤の方が気になって視線を送るようになった。

注意して見てみると、いつも同じ娘が女に付き添っていた。

女も多分若いのだろうが、その娘が年若く見えるせいで、もっと年嵩に感じられるのかもしれなかった。

人目をひくほどの美人ではないが、人並み以上の器量だと近藤は思った。

自分を見る時以外は、穏やかな目だった。

女が近藤と目が合うと、明らかに厳しい目付きになった。あからさまに敵意は見せなかったが、好意的とは思えない目付きだった。

女はすぐに視線を移して早足で歩き出した。

そんなことが何度かあった。


ある日、突然雨に降られた近藤が空き家の軒下に入ると、そこには雨宿りの先客がいた。

見ると女が一人、濡れた着物から雫を滴らせていた。

その女の顔を見て近藤は、あっと驚いた。

あの女ではないか。

女も近藤に気付いたようで、はっと顔を強張らせた。

しばらく黙ったまま雨が止むのを待っていたが、なかなか止みそうにない。


「私を刺したいかね?」

突然近藤が言った。

女はぶるりと肩を震わせた。それが近藤の言葉のせいか、それとも濡れた着物による寒さからなのか、近藤には判断がつかなかった。

「何故、私を憎んでいるのだ?」

女は黙ったままだった。

「見たところ、武家の娘か大店の娘か…」

女はまたびくりと身を強張らせた。

「長州に係わりのある者か?」

「いいえ。」

その問いにはきっぱりと首を振った。

女の声を近藤は初めて聞いた。

「では勤皇派か?」

女は今度は答えなかった。ということは、そうだということなのか。

近藤が尚も問い質そうとすると、女はすっと一歩分距離をとった。

そして雨が小止みになったのを見てとると、近藤をちらりと見、駆け出して行ってしまった。



それから女を見かけることはなかった。

女が物盗りにあって殺されたからだ。そう処理されたのだ。

だが、一太刀で切り伏せられたことから考えると、ただの物盗りに会ったとは近藤には思えなかった。

女がどのように勤皇派に関わってきたのかわからないが、おそらく殺されたのと無関係ではないだろう。

女の意志の強そうな顔付きを思い出して、近藤は哀れに思わずにはいられなかった。

境遇や志は違えども、女に自分と似たものを感じた。

器用に生きられなかった女。

白を切るでもなく、ただ黙っていた女を思い出し、近藤はそっと心の中で手を合わせた…。








もし、あの女が生きていたら…

いや、多分生きていたとしても志が違う以上、どうにもならないことだが…

志が同じだったとしたら、もしかしたら一緒にいられたかもしれない…


真っ赤な顔で怒鳴っている土方を見ながら、近藤はそう思っていた。















素材提供 :  十五夜





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