幸   ―  さ き  ―










「大丈夫ですか? 神谷さん。」
見舞いに訪れた総司は、落ち着かない様子でセイの向かいに座っている。

横になっていたセイは、総司が来訪したのを知ると、身を起こして布団の上に正座した。
生憎、里は出掛けてしまっている。
総司はちらりとセイの姿を掠めるように視線を流すと、またすぐに自分の膝先三寸ほどのところに目線を落ち着けた。

セイはそんな総司の様子に、どうしたのだろうと小首を傾げた。
そしてそのセイの仕草がまた、総司を落ち着かない気持ちにさせていく。



「…あー……あの…ですね…」
黙っていると益々身の置き所がなくなるような気がして、総司は懸命に言葉を探す。
「はい…?」
総司が何を言いたいのか見当もつかないセイは、不思議そうに総司を見つめた。
自分を見つめるセイの瞳と空中を彷徨っていた総司の瞳がぶつかる。
すると総司は顔を赤らめて俯いてしまった。



総司の様子がおかしいのはセイの姿がいつもと違うからである。
セイは女子の姿をしていた。
そして、今は里がいない。





セイが巡察中に倒れたのは二日前。
総司が機転をきかせてセイ ―― 神谷清三郎 ―― の休息所に運んだのは、実に幸運なことだった。
セイの休息所には里がいる。

里は突然運びこまれたセイに驚いたものの、おろおろしている総司に医者を呼びに行かせ、
その間に自分はセイの着物を換え、髪も不自然に見えないように下ろした状態で月代を隠した。
医者が男姿のセイが実は女子であることを不審に思わないように…。
そして里のその判断は正しかった。

里から事情を聞き一通り診察した医者は、過労だと言った。
丁度お馬の始まる時期でもあり、体調の変化も重なったのだろう、と。
心配はないということだったので、総司はセイをそのまま休息所に寝かせて、屯所に戻った。
そして二日経ったこの日、見舞いに訪れたのだった。





「…すみません、沖田先生。ご面倒をおかけしてしまったようで…。」
なかなか言葉が出てこないでいる総司に、セイが言った。

「ここまで運んでくださったのでしょう? 巡察中に申し訳ありませんでした。」
きちんと正座していたセイは、そう言いながら手をついて頭を下げる。
「いや、いいんですよ、そんなことは。」
総司が慌てて手を左右に振った。

「それより…もう大丈夫なんですか? まだつらいようだったら横になっていてもいいんですよ。」
セイから話しかけられたことで幾分落ち着いてきた総司だったが、セイと目が合うとまた慌てて視線を彷徨わせた。
「いえ。もう大丈夫です。昨日もゆっくりと休ませていただきましたし。…本当にご心配をおかけしました。」
セイは再び頭を下げた。

「隊のことなら心配ないですからね。皆さんには過労だと言ってありますし、土方さんにもそう言って休暇を貰ってありますから。」
「はい、ありがとうございます。でももう大丈夫です。明日には屯所に戻れそうです。」
「無理しない方がいいですよ。顔色だってまだすぐれない…」
「顔色がすぐれない…って、沖田先生、さっきから全然私の顔なんて見ていないじゃないですかっ!」
セイの鋭い指摘に、そうですね、と総司は笑いながら頭を掻いた。
つられて笑うセイの顔を見て、総司はふっと微笑した。
こうして話しているといつもの神谷さんだと。

(いつもの……?)

総司はセイをまじまじと見つめる。
どこをどう見ても男が化けているとは思えない。
セイが聞いたら怒りそうなことを総司は大真面目に考えていた。

(やっぱり神谷さんにはこの姿の方が自然なんですねぇ。
それはそうですよね。神谷さんは本当は女子なんだから…。)



「…どうしたんですか?沖田先生…」
急に黙り込んだ総司に気付いて、セイは遠慮がちに声をかけた。

「あ、あぁ、すみません…。今ちょっと考え事をしていました。」
「考え事?」
「ええ。…あの……あ、やっぱりいいです。やめておきます。」
「何ですか?」
「いや、言うと神谷さん、怒りそうだから…。」
総司はおそるおそるといった風にセイを見た。
「怒りませんから、言ってください。」

「…たいしたことじゃないですよ。ただ、こうして神谷さんを見ていると普通の娘さんに見えるなぁと思って。」
「…………。」
「ほら、怒った。」
自分を見つめるセイの目が少し険しくなったような気がして、総司は口をすぼめた。
「別に怒ってなどいません。沖田先生の仰ることがよくわからないだけです。」
そう言葉を返すセイだが、その口調は怒っていますと言っているようなものだ。

「はは。言葉が足りませんでしたかねぇ。…いえ、こうしていると器量よしの娘さんにしか見えないのに、
男姿だと、それもそれなりに見えるのはどうしてなんでしょうね…」
半ば独り言のように溜息まじりに呟く総司に、どう答えたものかとセイは困ったような笑みを浮かべた。


「沖田先生は、やはり私が女子に戻ることをお望みなんですよね?」
「ええ。……と私が答えたところで、それを素直に聞くあなたではないでしょうに?」
総司が、にっと笑った。
「勿論です。」
セイがさらりと肯定し、更に言葉を続ける。
「私はもう自分の道は決めましたもの。」
「本当に困った人ですね、あなたは。……自分の姿を偽ってまでも、だなんて……。」

「…………。前に、同じことを言われたことがあります。」
「え?」

「男になろうと思っていろいろと姿を工夫していた頃です。」
セイの言葉に一瞬驚いた表情を浮かべた総司に微笑みかけて、セイは先を継いだ。
「格好は男なのに、どうしてもそうは見えなくて困っていた時に会った人です。たまたま通りかかった人なのですが、
その人は私を一目見るなり、『お前さん、女だろう』と言いました。何故わかるのかと訊いたら『そりゃあわかるさ、様子がまるっきり女だ』と。」
「様子、ですか?」
総司が訊くとセイはこくりと頷いた。

「その人が言うには、姿が男でも気が女では駄目なんだそうです。私のは気が強い男勝りの女だっていうんです。
では、どうしたらいいのかと訊ねました。すると逆に『何故男になりたいんだ?』と訊かれました。」
思い出したのか、セイは苦笑いを浮かべた。総司は黙って聞いている。
「私は武士になりたいと答えました。案の定、その人は笑いました。私がもう一度そう言うと、その人はぴたりと笑うのを止めました。 そしてそれ以上何も訊かずにいろいろと教えてくれたんです。」

「……その人、何者だったんですか?」
「わかりません…。でも、もしかしたら役者さんだったのかもしれません。今にして思えば、ですけれど。」
セイは頭の奥にしまい込んである記憶を取り出すかのように、天井を見上げてじっと一点を見つめた。

「う〜ん…。やっぱり思い出せませんね。その時はその人がどんな人なのか全く気になりませんでしたから。」
セイはそう言うと大きく息を吐いた。そして、また話を続けた。
「あれこれ教えてくれた後にその人が言ったんです。『どんな事情があるのか知らないが、折角持って生まれた姿を偽るなんて、 幸せとは思えないがな…』」


セイも総司も暫く黙ったままだったが、
「いろいろ…ってどんなことを教えてもらったんです?」
好奇心を隠し切れずに総司が先に口を開いた。
「別に普通のことですよ。下帯の結び方とか、歩き方の極意とか…。」
セイは少し顔を赤らめて答えた。
「下帯、ってあなた…」
「だって仕方ないじゃありませんか。いくら兄上がいたとはいえ、そんなことまでは教わっていないですし…。」
「それもそうですね。そういえば私も下帯の結び方は近藤先生から教わったんですよ。」
大好きな近藤先生のことを思い出してにこやかに笑う総司を見て、セイの胸中は複雑だった。

本当に局長が一番なんだから…。
そして私にとっては沖田先生が一番……。

そう、何があっても一番なのだ…。
そう思うとセイは報われないかもしれない自分の想いが、例えどんなことが起ころうとも変わることはないような気がしてきた。
そして、そう自覚することで自信が生まれ、力が湧き出るような感覚に包まれた。


「沖田先生は本当に局長のことがお好きなんですねぇ…。」
思わず口をついて出てしまった言葉に、セイは自分で驚き、そして笑ってしまった。
ついさっきまで、そのことを思うとちくりと胸が痛むような気持ちでいたというのに。

自分の前でくすくすと笑うセイが眩しく思えて、総司は目を瞬いた。


そう、これが本来のセイの姿なのだろう。
屯所にいる時に自分の隣で笑うセイも本当なのだろうが、これには敵うまい。


「…もし神谷さんが……」
言いかけた言葉を呑みこむ。
そう、無責任なことは言うべきではない。


               
が、出来ることならこの娘の笑顔を守ってやりたい。
本当ならこうしていつも笑っていられたかもしれないこの娘のために。

そしてこの娘の笑顔をいつも見ていたい自分のために。



こうして笑い合う日がいつまでも続いていけばいいのにと願わずにはいられない。













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