「神谷さんを組から抜けさせてください。」
「てめえ、本気で言ってんのか?」
「勿論です。」

ぶつかり合う視線。どちらも強い心の内を表している。
先に視線を外して土方が問う。

「神谷はそれを望んでいるのか?」


総司の口がぎゅっと引き結ばれた。


「わかった。考えておく…。」


土方の短い応えに総司は何かを言いかけたが、土方がもう行けという風に顎をしゃくったので、
軽く頭を下げその場を去った。
それを視線の端で見送りながら、土方は心中大きく溜め息をついた。



「それが本当にいいことなのか…? 総司よ…。」

土方の誰にともなく言った言葉は風に呑みこまれていった…








 



       惑 


 















さっと道が開かれる。
市中見廻りには、もう当たり前の風景だ。
巡察の新選組の隊士を遠巻きにして、町人達は表面上は静かに穏やかにその動きを見守っている。
しかし隊士達が通り過ぎると、ひそひそ話から徐々にその話声も大きくなっていくのだった。

「どうかしましたか? 神谷さん。」
立ち止まって後ろを振り返ったまま眉間に皺を寄せているセイ(神谷清三郎)に、
同じように歩みを止めた総司が訊く。
「いえ、何でもありません。」
総司の方に向き直って、さあ、いきましょうと歩き出すセイ。


並んで歩きながら、総司は時折セイの方を盗み見ていた。
以前はどこもかしこも隙だらけだったのだが、巡察で敵意剥き出しの視線や胡散臭げな視線にさらされて自覚したのか、
今のセイは適度な緊張感を身に纏っていた。
最近は剣の腕も上げてきている。
華奢な身体を逆手にとって、俊敏な動きで相手に間を与えず仕留める。
そんなことが出来るようになっていた。
もう総司が心配せずとも、自分の身ぐらいは処すことが出来るだろう。
そう仕込んだのは自分であるのに、総司は何故か淋しくもどかしいような気持ちになるのだった。

胸を張って自分の後を歩く華奢な姿。
それは以前と変わらぬ筈なのに、いや、寧ろ身の丈は伸びて、前よりほっそりと見えるほどなのに。
月代があっても、身体つきは女子のそれだ。
いくら女子の事に疎い総司でも、セイの成長と共にそのことに気付かずにはいられなかった。

組の中では「如心遷」だから仕方ない。
可哀相な奴だ…
そう誰もが同情してくれているのでセイの日常は男として何の障りもない。
しかし、いつまでもこのままという訳にはいかないだろう。





「沖田先生!」

セイが叫ぶより早く、総司はもう鞘から刀を抜き去っていた。
考え事をしながらも殺気は素早く感知していたのだ。
斬りかかってきた男の刀をかわして、総司は一気に己の刀を振り下ろした。
男がどさりと倒れる。


「大丈夫ですか? お怪我は?」
そう言いながら心配顔で駆け寄るセイに、総司はにこりと微笑んで見せた。

「沖田先生なら心配いらないぜ、神谷。あの目にも止まらぬ動きはどうだ。
先生めがけて斬りかかるなんざ、命を捨てるようなもんだからな。」
セイの肩をぽんと叩き、相田が安心させるように頷く。




「しかし、大きい男だなあ。斬りかかられたのが神谷なら一溜りもなかったかもな。」
倒れている男に一瞥を投げながらぼそりと相田が呟いた。

総司に怪我がないのを確認すると、セイはすぐさま後始末に取り掛かったし、
他の者は何事が起こったのかと寄ってくる町人達を近づけないよう周囲を囲んだので、
その場には総司と相田だけが残っていた。
相田の呟きに総司の腕がぴくりと反応したことを、丁度セイの動きを目で追っていた相田は気付かなかった。










日が沈む頃、総司は庭の一角に腰を下ろしてぼんやりと頬杖をついていた。
その隣には、かじりかけの団子が皿にのったまま置いてある。


「沖田先生、こんなところで何してるんですか?」
急に元気な声が飛び込んできたので、総司は驚いて膝につっかけていた肘をかくんと滑らせた。

「あーっ! 珍しいですね、先生がお団子を残してるなんて。もしかしてお腹でも痛むんですか?」
セイが皿の団子に気付いて言う。総司が半分しか食べていないようなので、心配になったらしい。
「私だって考え事ぐらいするんです。」
総司がむっつりと言う。
「考え事、ですか?」
セイがきょとんとする。
「何だか似合いませんねえ。第一考え事は苦手じゃなかったんですか?」
「…放っておいてください。」
少しばかり気を悪くして総司はぷいっと横を向いた。

(誰のせいだと思っているんでしょうね、まったく…。)


セイはそんな総司の様子に構いもせず、隣に腰を下ろした。
そして懐から手拭を取り出して、額や首すじの汗を拭った。

「……」

「どうかしました? 沖田先生?」
「いえ、何でもありませんよ。何でもありません!」
慌てて総司が言う。
セイは怪訝そうに総司の顔を覗き込んだ。

「熱でもあるんじゃないですか? 随分と顔が赤いですよ。」
セイは心配顔でそう言って、総司の額に手を伸ばそうとした。
それに気付いた総司は少し身を引いて、
「…そ、そうかもしれません。今日は早く休んだ方がいいかもしれません。
先に部屋に戻ります。」
早口でそう言い残して、とっととその場を去ってしまった。

「……。 変な先生…。」
取り残されたセイは、皿にのった団子を見つめながら首を傾げた。





一方の総司。
無論熱がある訳ではない。


「いったいどうしたというんでしょう…? 何だかおかしいですよ。こんなに胸がどきどきするなんて…。」
ぽつりと呟いた。
セイの笑った顔、細い手首、汗で濡れた首筋、それらが総司の頭の中をぐるぐると回っている。
総司はそれらを追い出そうと、ぶんぶんと大きく頭を振った。
だが、反対にセイの残像は増えるばかり。
セイの泣いた顔、困った顔、怒った顔・・。
総司は消えるどころか益々増えていく様々な表情のセイに、困惑していた。


その夜、総司はなかなか寝付くことが出来なかった。








数日後、総司は土方に呼ばれた。

顔を出した総司を見るなり土方は「相変わらず、ぼけーっとした顔しやがって・・」と苦笑いを浮かべた。
「そんなことを言うために呼んだんですか?」
総司が土方を睨んだ。
「んな訳ねえだろ。俺だって暇じゃねえんだからな。」
「じゃあ…」総司がはっとする。
土方は軽く頷きながら切り出した。
「あれから神谷に訊いてみたんだが…」
「神谷さんは何と?」
そう尋ねながらも答えは既に察していた。


しかし土方はそれに答える代わりにとんでもない事を言い出した。
「総司、お前、江戸に帰れ!」
総司は驚いて土方の顔を見た。冗談かと思ったのだ。
だが腕組みをして厳粛な表情をしている土方を見て、総司は慌てて言った。
「嫌ですよ、土方さんが何と言おうと私は帰りません。近藤先生のお役に立とうと決めてるんですから。」
「その近藤さんの命令だとしてもか?」
「はい。」
きっぱりと総司が言い切った。

「そうか…。 ―― なら、神谷も同じことだな。」
あっ、と総司は声を上げた。
「神谷もお前と同じことを言ってたぞ。説得するならてめえでやれ。」
セイの気持ちも分からないでもない。総司はぐっと拳を握り締めた。
(…だけど……。)

「でも土方さん、神谷さんは ―― 」
尚も言い募る総司を土方が目で制した。厳しい目だった。

「神谷は、何だ?」
それは訊いていながら望んでいる答以外は受け付けない口調だった。
「…何でもありません…。」

(神谷さんは女子なんですよ。土方さんだって本当は知っているんじゃないんですか?)
言いかけた言葉を呑み込んだ。


「俺の話はそれだけだ。」
土方の低い声が総司の耳に冷たく響いた。








副長室を出た総司はどっぷりと自己嫌悪の念に浸っていた。

土方にセイが女子であるということを認めさせてどうにかなると思っていたのだろうか。
あの時、最後まで言い終えてしまっていたらどうなっていただろう。
当然セイは詮議され、何かしらの処分は免れないだろう。
そしてセイのことを黙認していた己自身、それから土方もただでは済まぬことになっていただろう。
単にセイが組を抜けるということだけでは治まらなかったに違いない。


土方に突き放されたのは当然のことだと思う。
セイが女子であるのを知りつつも組に留め置いたのは他ならぬ自分自身だ。
一生懸命なセイに心動かされ、セイの明るさに和み、いつの間にか傍にいるのが当たり前になっていた。
その居心地のよさを手放せなかったのは自分のずるさではなかったのか。

(全部私自身が招いたことなのに、どうしていいかわからなくなって土方さんに始末を任せようなんて、
虫が良すぎますよね……)
総司は苦笑を漏らした。






「もうやめてくださいっ! 原田さんっ。怒りますよっ。」
セイの大きな声が聞こえてきた。
声のした方へと近付いてみると、ぷうっと頬を膨らませたセイと、
そのセイの頭をぽんぽんと叩いて笑いながら謝っている原田の姿があった。
その周りには永倉や藤堂、そして少し離れたところに斎藤がいた。

「あ、沖田先生。」
セイが総司に気付いて嬉しそうに声を上げた。
「なんだ、総司まできちまったのか。ちぇっ。…はいはい、俺が悪ぅございました。」
「原田さん、ほんとにそう思ってます?」
セイが睨む。
「思ってるよ、思ってる。」
「まあまあ、左之に悪気がある訳じゃあないんだから。」
永倉が取り成すように言った。
「そうですね。あるのは悪戯っ気ですものね。」
セイの言葉に原田が肩を竦めた。
後の方で藤堂がくすくすと笑っている。

「…何があったんです?」
総司はセイと原田を交互に見て訊く。

「何でもねえよ。じゃあな、総司。」
「あ、逃げるんですか、原田さん!」
セイがそう言った時には、原田は離れたところから手を振っていた。


「…まったく…。」
セイは大きく溜め息をついた。
「一体どうしたんですか?」
総司がもう一度訊いた。
セイは少し顔を赤らめて一瞬躊躇った後、
「原田さんが私をからかったんです… その……春画本に載ってる人に似てるって…。」
小さな声で答えた。


(―― そうか、そうだったんですね。)
総司はセイを見ているうちに、今までのもやもやとした気持ちの原因が何だったのかわかった気がした。
いつの頃からか、セイを見る時、自分では気付かぬうちに女子として見ていたのだと思う。
だから、はっとしたり、胸がドキドキしたり、思いがけない自分の心の動きに動揺してしまったのだ。
そして、そんなセイにどう接していいのかわからなくなった。
危険なこの場所にセイを置いておくことが怖くなった…。



「ところで先生、何処へいってらしたんですか? 探したのにいなかったから…。」
「土方さんに呼ばれたんですよ。」
総司の答えにセイは一瞬顔を強張らせた。
少し間を置いてセイは遠慮がちに訊いた。
「…何のお話だったんですか?」
総司はすぐに答えなかった。
そしてゆっくりと歩き出した総司の後から慌ててセイがついて行く。


「神谷さん、別な道もあると思うんですよ ―― 。」
歩きながら静かに総司が言う。
「!」
「ここは神谷さんにふさわしい場所じゃない。」


「…それを決めるのは先生じゃありません。」
セイが俯きながらもきっぱりと言い切った。

総司は先刻の土方との会話を思い出していた。
自分も土方の言葉に頷かなかったのだ。
説得の言葉を持ってる筈が無かった。



「…… だと駄目なんですか?」
セイが呻くように呟いた。
「誰にも負けないように頑張ります。自分の身ぐらい自分で守れるようになります。
もう泣きません! 先生の邪魔にならないようにします。
それでも、それでも駄目なんですか?」

「神谷さん……」

「…女だというだけで…」

セイは言葉を詰まらせた。声は充分に涙声なのに、涙は零すまいと堪えているようだった。
小刻みに震えるセイの肩を見ているうちに、総司は自分の感情を御せなくなってしまった。
気付けばぐっとセイの肩を引き寄せ、自分の胸に抱きこんでいた。



「先生…?」
驚きと不安の入り混じった瞳が総司を見上げる。
「す、すみません。」
我に返った総司がばっとセイから離れた。
セイが不思議そうに総司を見つめている。
「ほんとにすみません。…駄目ですね、私は…。」
総司が赤い顔でしどろもどろに言った。




「神谷さんにどうこう言う資格などないんです…。…私の方がほんとは神谷さんにいてもらいたいのかもしれません…。」
「え?」
「私は神谷さんだけを守ってやることは出来ませんよ。何もしてあげられないと思います。
それでも覚悟があるのなら、神谷さんの好きになさい。」
セイに背を向けて、諭すようにゆっくりと言った言葉は、セイにというよりは総司自身に言っているようにも聞こえた。

「沖田先生…。いいのですか?」
総司が黙ったまま頷いた。
それを見たセイは後から総司に抱き付いた。
「神谷さん?」
総司が慌てて後を振り向こうとしたが、セイはぴったりと背中に張り付いて離れようとしなかった。



(自分の道は自分で決めるのが幸せ……そうなんでしょうね、結局は…。 この先のことは誰もわからない……)


総司は自分の胴にぐるりと回された小さな手に、そっと自分の手を重ねた。















素材 :  朱 鳥  様 より












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先日は拙宅のアンケートにお答え下さって、どうもありがとうございました。m(__)m
細々ながらもサイトを運営していけるのは、皆様のおかげです。
面倒なアンケートに答えて下さった御礼に…と書き始めたものの、
長いばかりでまとまりのないものになってしまいました(汗っ
皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。

次は精進してまっとうなモノを書けるように頑張りたいと思いますので
今後ともどうぞよろしくお付き合いくださいませ。


                                       sarasara 拝











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